ルーゼントの山外れに位置する洞窟でスリーとナインは身を潜めている。
“管理人”――皇帝から逃げ、スリーはここで休息を取りながら、ナインから話を聞いた。
エースの話、彼女自身の話、今回の作戦の話、そして、3年前の真実。
最初こそ時々質問を挟むスリーだったが、途中からは沈黙し、最後には俯いて顔も見えなくなった。
自分を裏切ったと思っていた親友が、裏切るどころか命と引き換えに自分を助けてくれた。
それなのに自分はなにも知らないまま彼の命を奪い、彼を恨み続けた。
そして今度はその妹が、兄の仇である自分を、命をかけて守ってくれた……さまざまな思いが胸の中で交差する。
信じるべきひとがそばにいたこと、そして今もいることへの安堵と喜び。
同時に情けなくて、どうしようもないほど愚かな自分への果てしない怒り。
暖かい感情と黒い感情が交互に去来し、息が詰まりそうになる。
「すーちゃん、泣いてる?」
沈黙したままのスリーを見て、ナインが尋ねた。
「泣いてない」
いつも通り素気なく返事するスリー。
「なーちゃんが慰めてあげようか?」
「だから泣いてないって」
言って、それでも顔を上げようとしない。
「すーちゃんは演技が下手だけど、嘘をつくのはもっと下手だね~」
ナインは地面に座り込んでいるスリーに近づき、そっと彼の頭を抱き寄せ、胸にあてた。
そして母が子どもをあやすように、優しくその頭を撫でる。
「もう大丈夫だよ~ 大丈夫~」
「だから、オレ…は……」
反論しようとしたが、ナインの優しい手つきで、それができなくなった。
外見も実年齢も幼い少女のナインからはまるで母親のような包容と慈しみが溢れ出る。
母親の温もりというものを知らずに育ってきたスリーは、このとき初めてそれを感じたのかもしれない。
「すーちゃんは頑張ってきた~ なーちゃんはちゃんと知っているだから大丈夫~ 大丈夫~」
スリーは、ついに嗚咽を止められなくなった。
「オレは…ぅッ…なんて、情けないんだ……」
涙声になり、熱い液体が目から溢れ出る。
「そんなことないよ」
ナインは優しくスリーの頭を撫で続ける。
「なんでオレなんかが生き残ってッ、エースが死んだんだよぉッ!」
「そんなこと言わないで、なーちゃんはすーちゃんがいたから、救われたんだよ」
「でも、オレのせいで、エースが……」
「だから、お兄ちゃんの分まで、頑張って生きよう、ね?」
「オレは、オレ、はぁぁ、ぅぅッ……」
それはスリーにとって、生まれて初めての号泣だった。
まるで何年もため込んだものを一気に解放するような、心の奥深くまで洗われるような感覚をスリーは感じた。
しばらくして、ようやくスリーは少し落ち着いてきた。
「大丈夫、なーちゃんがそばにいる、だから泣かないで~ でも、いっぱい泣いていいんだよ~」
「いったい、どっちだよ」
少し冷静さを取り戻したスリーは自分がまだナインの胸に顔を埋めていることに気付き、慌てて身を離した。
恥ずかしさを誤魔化す意味も含めて、情報交換に話題を戻す。
とはいえ、情報交換はナインの説明でひと通り終わり、話は現状整理へとはいっていく。
「つまりオレに叛意があることを“管理人”が気付いていた。だからナインが先手を打って、奴の裏をかこうとした」
「うん。ずっとアイツを倒す機会を伺っていた」
「オレにも言ってくれればよかったのに」
「だってすーちゃん、演技下手だもん」
苦い顔をするスリー。現にエンペラーにもナインにも計画がバレていたのだから、反論のしようがない。
「タイミングは完璧だったはず。準備も十分、アイツが最も油断した瞬間にいちばん確実に殺せる方法を実行した。なのに……」
なのに、死んでいない。あの落石の中で一体どうやって生き残ったのか、それに最後のあれは……
「多分、奴の能力だ」
逃げ出す前も、スリーはそんなことを言っていた。
「能力って?」
「おそらくは重力を操る能力……3年前、オレとエースもあの能力に追い詰められた」
スリーは辛い記憶をこじ開け、語りだす。
二度も“組織”からの追手を撃退したものの、三度目に来たのがエンペラーだった。
隙を突こうとしても、コンビネーションを決めようとしても、奴の前では何故か必ず体が重くなり、うまく動くことができなかった。
逆に奴は体が軽くなったかのように素早い動作でスリーとエースを圧倒したのだ。
「どう思う?」
語り終え、スリーはナインに問う。
「駆動の気配もないから多分アーツではないし、携帯サイズの重力制御装置も現在の技術レベルでは考えにくい……恐らくは何かの特異体質、あるいは古代遺物……落石で死ななかったのは重力で岩を制御したから…かな? でも、これだけじゃ情報が足りない……」
いったん言葉を区切り、ナインは続ける。
「どっちにしても、あんな能力を持っている相手に正面から挑んでも……死ぬだけ」
沈黙が二人の間を流れる。そしてそれを破ったのは、重々しく口を開いたスリーだった。
「いざとなったら、今度はあんたがオレを殺せば――」
「いやだ―――!!!」
ナインにしてはかなり珍しく、感情を剥き出しにした叫び声でスリーをさえぎった。
「すーちゃんが死んだら、なーちゃんもあとを追って死ぬ! 自殺する!!」
さきほどの慈愛あふれる母親のような雰囲気とは打って変わり、今度は駄々をこねる子どものようになるナイン。ただし言葉は真剣そのものだ。
「もう眠れない夜に戻るのは嫌だ……ひとりになるのは…嫌だ……」
小さくなる声の中には重い感情と決意がこもっている。それを察したスリーは短くため息をし、そして深呼吸をひとつ。
「分かった。約束する。何があっても必ずナインを守る」
「だからそれだけじゃダメなの!」
「ああ、分かってる。だからこれも約束する。何があっても、必ずオレも一緒に生き残る」
ナインはそれを聞いて、縋るような目でスリーを見る。
「ほんとう?」
「本当だ。そのために、今とるべき最善の行動は――」
あれほどの落石の直撃を受けたのだ。たとえ生きていても、エンペラーが無傷のままとは考えにくい。
今、この場から逃げ出してもやがて“組織”に居場所をつかまれることになる。
その時に万全に回復したエンペラーと戦ったところで、万にひとつの勝機もないだろう。
やるなら、今しかない。
「こちらから仕掛けて、皇帝を倒す!」