地に倒れている“管理人”――エンペラーは空を見上げながら乾いた笑い声をあげる。
「何がおかしい」
「まさか我が倒されるとは……」
「認めよう……君たちは強い、我が育てた中でも、最高の“凶器”だ」
「黙れ! オレたちはもう、“道具”じゃない」
剣を振り、最後のトドメを刺そうとする。
またこの時間が来た。結局慣れることはなかった、いやな時間だ。
だけど、今回だけは、その意味合いは違う。それでも、手の震えが止まらない。
「すーちゃん」
ナインが近づく。
「なーちゃんも一緒に」
いつになく真剣な目だ。
「ああ」
これは二人が決着をつけるべき過去だ。
ナインの手が剣を握るスリーの手に添えられると、少しだけ震えが止まる。
二人で剣を振り上げ、そこで、エンペラーがまた口を開く。
「君たちの道は血にまみれている……これからの人生もずっとそうだろう……殺し殺され、支配し支配され……その果てに、我と同じになる……クックックックックッ」
「いいえ、なーちゃんたちはもう“道具”じゃないし、誰かを“道具”にするつもりもない。それに」
「人を殺すのは、あんたで最後だ」
「「さよなら」」
――――――カルバード共和国の辺境で、1台の馬車がゆっくりと走る。
鉄道を除き、導力車が陸での主な移動手段となった今では少し珍しいが、たまには風情があっていいものである。
御者をしているのは幼い少年、そして馬車の中には同い年くらいの少女が寝転がっている。
「そういえば、あの“管理人”はいったいどんな出身だったんだ」
兜の下が意外と美男子だったことを思い出し、少年はつぶやく。
「噂くらいなら、聞いたことがあるよ~」
いかにもやる気がなさそうな眠たげな声で、少女は返事する。
「どんな?」
「えっとね……」
少女の話を要約すると大体こうなる。
ある小さな国に、すごく横暴な王様がいた。暴君として君臨し、悪政を敷き、民から恐れられた。
ある日、王様が死に、その息子の王子が即位した。王子、いや、新王はとても優しいひとで、父の過ちを繰り返さないよう良き政治をしようとした。
しかし、先王のように恐れられていなかったせいか、誰も彼の言うことを聞こうとしなかった。
暴君が生きていた頃は誰も文句を言わなかったのに、先王が死んでから不満の声が上がるようになり、やがて革命が起きた。
革命軍が王宮を攻め落とし、新王に悪政の責任を問い、国を共和制に改めた。
優しい新王は命からがらで、すべてを失い国から追い出された。おしまいおしまい。
「つまりその王子が“管理人”なのか?」
「分からないよ~そもそもそんな国があるかどうかも分からない~」
馬車に揺られながら、少女は荷台の中でグルグルと転がる。
「自分の甘さで国を治められなかった反動から、強い支配欲に駆られるようになった……とか? いや…よそう……」
かけらも同情するつもりはないが、哀れな男だなと少年は思った。
「なぁ……」
「なあにぃ~?」
少女の間延びした声とは反対に、少年は真剣な口調になった。
「あんたの兄貴のこと……あんたは、オレを許せるか?」
「許さないよ」
意外とも納得ともとれる表情で、少年は沈黙する。
「一生許さない。私のたったひとりの家族、大事な大事なお兄ちゃんだから。だから……」
そこで一度言葉を区切り、少女は顔を赤らめて、大声で続ける。
「だから責任を取って、なーちゃんの面倒を見るの! 一生なーちゃんのそばにいるの!!」
「ああ、責任はちゃんと取る。一生あんたの面倒を見るよ」
少女は一瞬空に舞い上がるような気持ちになる。しかし――
「これからはオレがあいつの代わりとして、あんたの兄として、あんたを立派に育てる」
予想とちがう言葉が返ってきて、少女はムッとした表情になる。
「ちがうの!!!!」
「何が違うんだよ?というか、馬車がボロいからそんなに動くな」
少年の問いに答えず「納得できないけど、とりあえず今はいいか」と思い、少女はまた馬車の中で寝転ぶ。そして話題がまた変わる。
「これから、どうすればいいんだろう……」
ひとまずは当初の予定通りリベールかレマンに向かうつもりだが、それからのことはまだ考えていない。
これから“組織”の追手が追ってくるかもしれないが、二人でなら何とかなるような気がする。
だから、いま考えるべきなのは未来のことだ。
「とにかく……何か仕事しないとな」
「どんなお仕事?」
「オレたちの能力を活用する方向なら……劇団で働くのはどうだ?」
「ええ~ムリだよ~。だってすーちゃん、演技下手だもん」
「そんなにひどくはないだろ、普通の芝居なら……」
少年は少しへこみ、そして急に思いついたように、
「それなら、遊撃士はどうだ?」
「ええ~ムリだよ~。だってすごく忙しいって聞いたよ? 過労死かもだよ?」
そもそも遊撃士協会が自分たちのような訳ありの人間を受け入れてくれるかどうかも問題だろう。悪くない考えだと思うが。
「じゃあ、あんたはいったい何がしたいんだ?」
「なーちゃんは~毎日ゴロゴロ寝たいだけ~」
「まったく、コイツは……」
思わずため息が出る。
「……そういえばまだ聞いてなかったな」
少年は突然なにかを思い出す。
「なあにぃ~?」
「名前。本当の名前、まだ聞いてないっていま気付いた」
「なーちゃんの名前はナーディア」
「オレはスウィン」
「「…………」」
「なんていうか、すごい偶然だな」
もっとも、少女の方は何年も前から兄の手紙で少年の名前を知っていた。だからずっと呼び方にこだわっていた。
“道具”としての名前ではなく、本当の名からとった愛称で。このことは少年に話すつもりはないが。
「やっぱりすーちゃんはすーちゃんで、なーちゃんはなーちゃんだよ~」
「そうだな」
そう締めくくった。
カタカタと揺れながら、ゆっくり進んでいく馬車。
中では延々と他愛のない会話が続いていた。
少年の名はスウィン、すーちゃん。
少女の名はナーディア、なーちゃん。
二人は“人間”になったばかりの、旅人である。