■みん
アントンの奴は懲りるという言葉を知らない。
もっともそのおかげで俺は退屈することがないんだけど
ね。
クロスベルからの帰り途のことさ、飛行船の中でフラン
さんへの思いを切々と語ったと思ったら、アントンはふ
と遠い目をしてこんな話を始めたんだ。
「なあリックス、僕の運命の人はいったいどこにいるん
だろう。
僕はずっと捜し続けているんだけどなぁ。
あれはもうすぐ10歳の誕生日を迎える頃だったっけ。
父さんがまとまった休暇を取れたもんだから、家族でエ
ルモ村に遊びにいったんだ。
一日中温泉に入ってさ、のんびりと一家団欒ってやつだ
よ。
最初の日は温泉が珍しくて楽しかったけど、二日目には
退屈になってさ、仕方なく食堂のあたりをうろうろして
いたら、通信機で話している婆さんの声がふと耳に入っ
たんだ。
『ポンプの調子が悪いんだよ。はやく見に来ておくれ。
…何が忙しいって。ツァイスからはすぐじゃないか。子
どもだって歩いて来れるよ。とにかく待ってるからね』
…子どもでも歩いていける!?
退屈しきっていた僕は早速その言葉に飛びついたのさ。
ふっくら温泉卵を鞄にしのばせ、雲ひとつない澄み切っ
た青い空を見上げ、ツァイスへの冒険の旅へと僕は第一
歩を踏み出した。
ボデッ
誰が気づくだろう、まさかあんなところに段差があるな
んて。
頭から思いきり転んだ僕は情けなくって情けなくって、
暫く動くことができなかったんだ。
その時だよ。
『大丈夫?』
おそるおそる顔を上げてみると、いや、驚いたね。
この世にこんな美しい人がいるなんて。
肩にかかる金髪が陽に透けてキラキラし、本当に天使の
輪のようだったんだ。
それにあの瞳といったら!
僕が見上げた青空よりももっともっと澄み切ったすいこ
まれそうな蒼。
『よかった。怪我はしていないみたいだね。気をつけな
いとだめだよ』
そういってそっと僕の頭を撫でてくれた。
僕は確信したよ。この人こそ僕の運命の人だってね。
とその時だ。
『クリス!やっと来たのかい。遅かったねぇ』
クリス…?
『やあ、マオ婆さん。すまなかったね。じゃあ早速ポン
プを見せてもらおうか』
その人はにっこり笑って『それじゃ』とばかりにもう一
度僕の頭を撫でて、宿屋の婆さんと一緒に去っていった。
クリス……クリス……クリス!?
信じられるかい、リックス。
僕の運命の人は、あの美しい人は、信じられないことに
なんと男だったんだ!
もう頭の中が真っ白さ。
なあ、リックス。僕はあの頃から運命の人を間違え続け
ているんだよ…」
ため息とともに口をつぐむアントンに、俺はかける言葉
が見当たらなかった。
だってそうだろう。
今もツァイスで技術者として働いている、10歳上の俺の
姉貴クリスティーナを男と勘違いしているなんてさ。
とりあえず俺はただ友達として、これからもアントンを
生暖かく見守るだけさ。 |
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■みん
それはまだ人々が「夜」を知らなかった頃の物語。
空の女神のご加護で世界はあたたかな光に満ち、その尊
き光が常に人々を優しく包んでいました。
人々はその光の中で飢えを知らず、苦しみを知らず、そ
して悲しみを知らずに過ごしていました。
そんなある日、人々はいつものように集い、空の女神へ
の感謝の思いを語り合っていた時のことです。
ふと一人の者が言いました。
「こんなに素晴らしい世界なのに、どうして空の女神は
私たちと一緒に暮らさないのだろうか」
ほかの者が答えます。
「そりゃあ、この世界よりももっと素晴らしい世界にい
らっしゃるからだろう」
人々は驚き、口々に問いただしました。
「もっと素晴らしい世界だって?」
「そんなところがあるのかい?」
先の者が言いました。
「きっとあるに違いない。そこは尊き光よりもさらに美
しくさらに素晴らしいものに満ちあふれた世界だろう。
そうでなければ、空の女神は我々とともにいるはずじゃ
ないか」
人々の心にぽつんと黒いシミが生まれました。
空の女神への感謝を忘れ、誰もがまだ見ぬ「もっと素晴
らしい世界」に夢中になりました。
ところがこの時、誰も気づかなかったのです。
心のシミがどんどん広がっていたことに。
尊き光が徐々に薄れていたことに。
気づいたときにはもう手遅れでした。
世界は闇に覆われ、人々は恐怖を覚えました。
尊き光に見放され、人々は飢えを知りました。
人々は悲しみ、疲れ、そして次々と倒れていきました。
ひとりぼっちになった少女が涙に暮れていました。
少女は空の女神に捧げるために、ひとりで花を摘んでい
たのです。
空の女神は少女の心をそっとのぞいてみました。
少女の心には黒いシミなどかけらもなく、尊き光が満ち
ていました。
しかし見たこともない闇が恐ろしく、今にもつぶれてし
まいそうです。
空の女神は少女をあわれに思い、少女の心にそっと話し
かけました。
「少女よ。この世界に再び光を求めますか?あなたが望
むなら、あなたの心の光でこの世界を照らしましょう。
しかし私には人々の心のシミを消すことができません。
そのため、闇を完全に払うことはできないのです。それ
でもあなたは光を望みますか?」
少女は声の限り叫びました。
「空の女神よ。世界を照らすことができるのなら、私の
心をすべてあなたに捧げます。どうか光をお与えくださ
い」
その時です。
闇を切り裂き白ハヤブサが飛んできました。
するとどうでしょう。世界に朝が訪れ、倒れていた人々
は次々と目覚めたではありませんか。
すべてを見届けた少女は微笑み、そしてゆっくりと目を
閉じました。
空の女神のもとへ行くために。
人々はもう夜に怯えることはありません。
眠りから覚めれば朝の光に包まれることを知っています
から。
人々は今日も花を摘みます。
空の女神と少女へ感謝を伝えるために。 |
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