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■おぐら

【タイトル】 ヨアヒム・ギュンターの恋愛事情
【作者】 おぐら

 1人の男が湖面に釣り糸を垂らしていた。
 纏った白衣は風に煽られ青色の髪も乱れている。
 ふと、後方の藪ががさりと揺れ、看護師らしき女性が
顔を出した。
「こちらでしたか、ヨアヒム先生」
「もう見つかってしまったか」
 男——ヨアヒムは振り返ることなく答える。
「病院の皆が先生のことを探しているんですよ」
「今回ばかりは見つからない所を選んだつもりだったの
だけどねぇ」
 言いつつも引き上げようという気配は無い。
「それで、僕を連れ帰るのかな?」
 うんうん、その為に来たんだもんね、と彼は納得した
風。
「いいえ」
「そうだよねぇ。連れて帰……うん?」
 漸くヨアヒムは振り返り、眼鏡の奥から看護師に訝し
げな視線を投げる。
 看護師が言葉を繰り返すと彼の眼鏡がずり落ちかけた。
「……先生は恋愛とかしないんですか?」
 唐突な問いにヨアヒムは更に眼鏡を滑らせる。
「そういえば以前、師長殿が『ヨアヒム先生もそろそろ
身を固めたら如何です?』なんて言って見合いをセッテ
ィングしてくれてねぇ……逃げ出して釣りをしていたら、
後でこっぴどく叱られてね。仕方がないから二回目は顔
を出したよ」
 眼鏡を直しつつ彼は答えた。
「それで、結果は?」
「釣りの事を延々話したらご破算になってね。僕はただ
趣味の話をしただけなんだけどなぁ。うんうん」
 僕にはコレが一番さ、とヨアヒムは釣り竿を指して見
せる。直後看護師の表情は沈鬱なものへと移り変わって
いった。
 彼女はヨアヒムの事を病院内で一番理解していた。彼
が逃げだした場合、何処に居るか見立てられる程に。そ
れだけ好意を寄せていた訳だ。
 恐らく、誰よりも。
「実は許嫁と結婚する事になったんです。近日中に病院
を辞める予定で……」
 言いかけた所で彼女の心が躊躇いを押し切った。
「ヨアヒム先生、私……」
 せめて思いを伝えようと口火を切った瞬間。
「来たぁ!」
 ヨアヒムが釣り竿を引く。糸が宙にゆるい曲線を描く
も、針には何もかかっていない。
「……あ、あれ? 逃げられた?」
 僅かに肩を落としたが、彼は姿勢を戻し看護師に向き
直る。
「おめでとう。君は幸せになりたまえ」
 人好きのする笑顔でそう言い切られ、看護師は言葉を
飲む。
 彼の心に入り込む隙など無い。その再認識をしたのだ。
「……それでは、私は先に病院に戻りますね」
「ふむ、気をつけて行きたまえ」
 彼女を見送り、ヨアヒムは1人大きくため息を吐く。
「やれやれ、僕もヤキが回ったかな」
 釣り針には、最初から餌は付いていなかった。以前か
ら想いを察していたヨアヒムは話を切り上げる手段とし
て魚に逃げられたフリをしたのだ。
 彼とて好意を寄せられれば嬉しくもなる。しかし想い
に応える事はあり得ない。
 何故なら彼の望みは人並みの幸せなどでは無いからだ。
 全ての真実へと到り、空の女神がまやかしに過ぎない
という事を証明する。それが、彼の——彼と、D∴G教団
の大望に他ならないのだから。

■おぐら

【タイトル】 ちっちゃなぎんいろポムのおはなし
【作者】 おぐら

 ポムっとしたものたちは、とっても仲良しです。
 いつも3匹一緒に行動しています。それは家族であっ
たり、お友達であったり。
 すみれいろでも、かぼちゃいろでも、ミントいろでも、
ふつうのポムでもいつも3匹一緒です。

 ある所にちっちゃな普通のポムが居ました。
そのポムはお父さんポムとお母さんポムがいつも一緒
でした。
お父さんポムとお母さんポムは、そのちっちゃなポム
を「おちびさん」と呼んでとても大切にしていました。
毎日毎日、おちびさんはお父さんお母さんと楽しく暮
らしていたのです。
ですが、ある日の事……お父さんポムとお母さんポム
は悪い人に倒されてしまい、おちびさんだけが残されて
しまいました。お父さんお母さんはおちびさんを身をも
って守ったのです。
ですが……おちびさんはこれからどうしたらいいのか
途方に暮れてしまいました。
それからおちびさんは毎晩泣きました。
夜空を見上げ、空に浮かぶ綺麗な月を見て、毎晩毎晩
泣きました。
しかし、それは決して自分の身に起った悲しいできご
とをなげいていたわけでは無いのです。
最期まで守ってくれたお父さんポムとお母さんポムを
思って泣いていたのです。
ちっちゃなポムを大事にしてくれたお父さん、お母さ
ん。2人はおちびさんがおとなになるのを楽しみにして
いました。
「せめてお父さんとお母さんに、立派になった姿を見せ
られたらよかったのに……」
おちびさんは銀色に輝く月光に照らされながら、たっ
た1人で泣き続けました。
何日も何日も泣き続けました。

 あるとき、おちびさんは自分の身体がきらきら光って
いることに気がつきました。
もしかしたら、月の光を浴びすぎたのでしょうか。
あのお空の月みたいな、銀耀石を思わせるような色で
した。
背中にはちっちゃな羽が生えて、頭上には天使の輪が
キラキラ光っています。
いまの姿をお父さんお母さんに見せたらきっと立派に
なった、きれいになったと喜んでくれるに違いありませ
ん。
それに、なんだか足も速くなった気がします。
全身にうんと力を込めるとからだのキラキラがとって
もまぶしくなり、それを見たら魔獣でも人間でもきっと
目がくらんでしまうことでしょう。
「きっと空の女神様や、お父さん、お母さんが、力を貸
してくれたんだ。悪い相手から逃げられるようにって」
おちびさんはそう思いました。
お父さんお母さんが、姿は見えなくとも、一緒に居て
くれるみたいで、ちょっとだけ嬉しい気持ちになったお
ちびさんは、ひさしぶりに泣くのをやめました。
……そう、このちっちゃなポムはシャイニングポムと
呼ばれる魔獣になったのです。

 もしもあなたが、どこかでちっちゃくてキラキラ輝く
ポムを見つけたら、それはシャイニングポムとなったお
ちびさんかも知れません。


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