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■風火

【タイトル】 日だまりの記憶
【作者】 風火

 その老婦人はいつもその場所にいた。日だ
まりを愛おしむように。
「こんにちは、パオラさん」
すぐ側から聞こえた若い男性の声に、彼女は
ゆっくり顔を向けて仰ぎ見る。上着の胸元に
はクロスベル警察所属である事を示すバッジ、
逆光が彼の顔を濃く陰らせていて、パオラは
瞳にふと懐かし気な色を浮かべた。小さな既
視感が、彼女の中の一つの記憶を呼び起こす。
「いつも、そこに座っておられますね」
少年の匂いが残る面差しをした青年だった。
「あたしは足が悪くて、ろくに出歩けないか
らね。ここで街を感じているんだよ。・・ねぇ、
年寄りの昔話を聞いてくれる気はあるかい?」
「え?ええ・・」
「そうかい。じゃあ、ここにお座り、坊や」
青年は苦笑して、パオラの隣に腰を下ろした。
「・・前にもね、坊やみたいに声をかけてくれ
る警官がいたんだよ。捜査官って言っていた
かねぇ。その内、まぁ・・仲良くなってね。一
度なんか、大聖堂まであたしをおんぶして連
れて行ってくれたんだよ。自分の休日を潰し
て、足の悪いあたしのために。きっと疲れた
だろうに、その人は平気な顔で、笑ってくれ
てね。嬉しかったよ。何よりも、その人の気
持ちがね・・本当に嬉しかった」
幸せそうな笑みを浮かべていたパオラの表情
が不意に沈んだものになる。
「だけどね、それから暫くしてその人をぱっ
たりと見かけなくなったんだよ。随分経って
から、彼が亡くなった事を聞いたんだ」
耳を傾けていた青年も、顔を曇らせた。
「殺されたんだそうだよ。その上、犯人は見
つからないままになったってねぇ・・・」
青年が小さく息を呑んだ。
「もう、3年になるかねぇ・・酷い話さ。あん
な良い人が、まだ若かったのにねぇ」
「あの・・その捜査官の名前は?」
「あぁ・・それが思い出せないんだよ。確かに
聞いた筈なのに、何で忘れてしまったかねぇ」
「そう・・ですか・・・」
「顔ははっきりと覚えているんだけどねぇ。
坊やと同じ、ヘイゼルの髪と琥珀色の瞳をし
ていたよ。年は坊やより五つくらい上で、背
も高くて、顔も体付きも逞しかったねぇ。笑
顔が印象的ないい男だったよ。おや・・・泣い
ているのかい?」
雫こそ落ちてはいなかったが、青年の目元は
ほんのり赤く染まり、目が潤んでいた。
「優しい子だね。彼のために泣いてくれるの
かい。・・坊や、名前は何て言ったかねぇ?」
「ロイド・・・ロイド・バニングスです」
「ロイド、今度は忘れないよ。良かったら、
また年寄りの話を聞きに来ておくれ」
「はい。・・・では、失礼します」
会釈して去って行く青年の後ろ姿を見送りな
がらパオラは目を細めた。記憶に残るものよ
り細く、頼りない背中・・それが何故か、急逝
したあの捜査官の背中に重なって見えたから。


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