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■ウルリッヒ・ヨーゼフ・モーデル主計少佐

【タイトル】 帝国陸軍第一機甲師団第四戦車連隊陣中日誌
【作者】 ウルリッヒ・ヨーゼフ・モーデル主計少佐

・七曜暦1192年4月6日
 本日午前4時40分、アリシア女王への宣戦布告を以
て、我がエレボニア帝国はリベール王国に対し、攻撃を
開始せり。
 我々第四戦車連隊は、ハーケン門に対して突入する友
軍擲弾兵部隊の援護任務に着く。一部の敵部隊が敗走す
るも、これを包囲殲滅す。
 
・七曜暦1192年4月28日
 戦局は圧倒的に有利なり。開戦三週間で我軍の先鋒は
西にルビーヌ川、東にグリューネ門の見ゆる地点まで到
達す。
 我が四連隊は敗残兵掃討が主任務なり。現在はジェス
タ林道にて露営中。兵卒の中には、林道奥にあるジェニ
ス学園の食堂・女子生徒寮へ偵察と称して侵入する者有
り。すでに学園関係者の退避は確認するも、褒められた
行動にあらず。食事を抜くことにす。
 
・七曜暦1192年5月10日
 機は熟せり。遂に我が軍はグランセル地方とレイスト
ン要塞を除く敵国領土を占領す。
 我が四連隊は、原隊である第一機甲師団から引き抜か
れ、独立第四戦車連隊となれり。カルバートとの国境に
あるヴォルフ砦に展開し、共和国に対する警戒任務に従
事す。
 
・七曜暦1192年5月25日
 戦局は一種の膠着状態を示す。第一の要因は、無能な
る海軍のレイストン攻略失敗にあり。第二の要因は、グ
ランセル防御指揮官の巧妙さと、アーネンベルクの頑強
さにあり。第三の要因は、急進撃により、補給線が伸び
きったことにあり。前線にある友軍将兵の苦難想像に難
く無し。
 前線の消耗著しいとのことから、我が旅団から一個大
隊を抽出し前線に投入す。

・七曜暦1192年5月30日
戦局一変せり。詳細は不明なれど、敵の新兵器により
各地方間の要衝が全て奪還された模様。後方との連絡は
完全に絶たれり。   
すでに四連隊は多くの戦力を援軍として前線に派遣せ
り。されど、友軍の撤退を支援できる部隊は我々以外に
無し。本日、我が連隊はヴォルフ砦を出撃す。今は本土
からの援軍到着まで我らが持ちこたえる時なり。

・七曜暦1192年6月13日
我が部隊の戦力は激減せり。これも敵新兵器、機動装
甲飛行艇によるものなり。彼の兵器は化物なり。
現在、我々はツァイスからロレントまでの脱出を試み
んとす。ヴォルフ砦は陥落せり。我々の希望はただハー
ケン門より来たる援軍と合流することのみ。天佑を信じ
道無き道を進む。

・七曜暦1192年6月28日
捕らえた敵斥候より、我が帝国と敵王国はすでに停戦
協定を結んだ旨、伝えられり。到底信用に値せず。我ら
飢え・疲労の極みにあれど、士気は揚々なり。必ず生き
て祖国に帰還すべし。

・七曜暦1192年6月29日 
我が独立第四戦車連隊は明朝、ヴェルテ橋を守備する
敵部隊に対し、総力を上げて突撃せんとす。ここを抜け
ば、ハーケン門までもう少しなり。将兵は皆、最後の希
望をかけて士気を奮い立たせつつあり。記録者も、主計
士官なれど攻撃に参加する算段なり。必ずや生きて祖国
に帰還すべし。帰還すべし。

■フリッツ・ディンター上等兵

【タイトル】 帝国戦車兵の日記
【作者】 フリッツ・ディンター上等兵

・七曜暦1192年4月6日
 記念すべき開戦初日。中隊指揮車付き砲撃手である私
は、たいした戦果を上げることが出来なかった。幸いな
るかな、私の中隊長は個人の戦果をさほど重視しない新
しいタイプの軍人だ。帝国には珍しい。
 私たちの連隊はこのリベールを西回りに進軍する。い
ろいろと観光ができそうだ。

・七曜暦1192年4月28日
連隊は敗残兵の掃討という、損な役回りを引いたよう
だ。今頃、先鋒部隊にいる同期達は華々しく戦っている
のだろうか。少し悔しい。
鬱憤が溜まっていた我々中隊は、件のジェニス学園に
「偵察」に向かうことにした。話によると、そこは美少
女の集う天国のような場所らしい。目の肥やしにでもし
ようと思ったが、当然というべきか誰も居なかった。落
胆して戻ったところ、主計長から飯を抜かれた。中隊長
は素知らぬふりだ。

・七曜暦1192年5月10日
中隊長が言うには、帝国はすでにリベールのほぼ全土
を掌握し、首都と敵要塞を残すのみだそうだ。全く実感
がないのはなぜだろうか。正直、ここまでまともな戦闘
は一度も行っていない。そんな我らの任務は、共和国国
境の砦での警戒・・・とは名ばかりの仕事だ。いっその
こと、共和国が攻めてくれば良いとさえ思う。

・七曜暦1192年5月25日
友軍が攻略にかなり手こずっているらしい。私の部隊
はまだだが、つい先程も別の大隊が前線に送られた。次
は私達の番か。我々の戦車を以てして苦戦するとは敵も
なかなかやるということだ。楽観しすぎたかもしれない。

・七曜暦1192年5月30日
なにやら将校たちが慌ただしい雰囲気だ。会話の端々
から察するに、どうも敵の新兵器が現れたらしい。我々
の戦車よりも強いのだろうか。中隊長に聞いても要領を
得ない。不安が増すのみだ。
書いている内に出撃命令が来た。しかも全部隊にだ。
この砦を空にするまでの事態が起きているのか・・・。

・七曜暦1192年6月13日
本日、中隊長が戦死なさった。敵新兵器「鉄の鳥」の
攻撃によるものだ。中隊長はハッチから上半身を出して
いたが、そこを爆弾の破片にやられたのだ。だが、もは
や涙は出ない。戦友達は殆どやられてしまった。中隊は
ほぼ全滅し、今では私が最上位だ。夢ではない。

・七曜暦1192年6月28日
まだ生きている。道なき森を進んで2週間が経つ。食
料はほぼ底をつき、私たちは飢えに苦しめられている。
すえたパンでも良い、腹一杯に食べたい。
ハーケン門が近いらしい。藁をもすがる思いだ。ここ
で死んでたまるものか。

・七曜暦1192年6月29日
ハーケン門の前にはヴェルテ橋がある。近くて遠いと
はこの事か。だが、ここを突破すれば故郷へ帰ることが
できる。飢えに苦しまなくて済む。援軍が救出してくれ
る。私は覚悟を決めた。かならずここを抜いて、生きて
帰るのだ。私は生への渇望を実感している。帰るのだ。
生きて帰るのだ。


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