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■ハチ

【タイトル】 深夜二時からの逆襲
【作者】 ハチ

 深夜長引く会議に嫌気してトイレで顔を洗っていたセルゲイは偶然個室から出てきたダドリーと出くわした。
「新人の争奪戦で残業とは恐れ入ります」
 相変わらずとげのある挨拶に苦笑する。
「ピエール副局長がねばってなぁ。おまえ何か弱みを知らないか?」
 ダドリーは無言で蛇口をひねり丁寧に指の間を洗い始める。答える気はないらしい。妙なところで義理堅い男だ。彼らしい反応にセルゲイは苦笑しながら濡れた顔を手でぬぐっていると問いかけられる。
「例の新規立上げの課で揉めているんですか」
「なんだ。もう知ってんのか。耳が早いな」
「捜査一課にまわってこない情報はありませんよ。良きにせよ悪きにせよ」
 その一言には本来なら事前情報で抑止できる犯罪を止められない歯がゆさが表れていた。
偽ブランドを売りさばく業者を摘発しても上層部の圧力で犯人は即日釈放。要人警護を担当しても遊撃士に頼んだ方が安心と言われる始末。誇りを持とうにも牙を抜かれては何が守れるのか。暗い怒りがダドリーの一言に凝縮していた。
「腐るな腐るな。新人が入れば少しは空気も変わる」
「ロイド・バニングスですか? 弱冠18歳で捜査官の資格を取得。学校の勉強だけが得意な小僧に何を期待しているんです?」
「あいつの葬式で見た時にはそんな感じはしなかったがな」
 葬式という単語にダドリーの手がびくりと震えた。
かつてクロスベル警察の威信を体現する一人の男がいた。その名はガイ・バニングス。彼の同僚でありセルゲイの部下だった男だ。ガイは三年前何者かに殺された。今も犯人は不明のまま。その葬儀でセルゲイはガイの弟ロイドを初めて見た。
 肉親の死を前にしても涙一つこぼさず、墓碑をじっと見つめる姿にセルゲイは強さを感じた。自分よりひと周りは年下の子どもにだ。
 だから今夜は柄にもなく上層部に楯突き成長した少年を獲得すべく熱弁を振るっていた。ダドリーが衝撃から立ち返ったのか言葉を続ける。
「まあ捜査一課に配属されても正直手に余ります」
「そいつは弟を見てるとあいつを思い出すからか?」
 ダドリーが水をとめた。重たい沈黙が訪れる。水場特有の冷えた空気が徐々に緊張感をはらむ。先に沈黙を破ったのはダドリーだった。
「みんな同じでしょう? 彼が死んだことを認められない」
「だがダドリー。俺はあいつが死んだからと言って全てを諦める気はない」
 セルゲイは唇に獰猛な笑みを浮かべる。この魔都の腐敗に呑みこまれるつもりはないと宣言するように。だがふてぶてしい笑みが浮かんだのは一瞬だった。
「ま、当面は狐を上手く仕留めないといけないんだけどな」
 去ろうとする背後でダドリーが呟いた。
「狐は恐妻家です。その辺りから攻めれば案外うまく行くかもしれません」
 思わぬ援護射撃に笑みを深める。
「恩に着る」
「ただの独り言です!」
「へいへい」
 後ろでに手を振ってトイレを出る。腕時計の針は深夜二時。負けを認めて眠るにはまだ早い。逆襲はこれからだ。


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