■FreeFall
崖の上に一人の男が居ました。
男は茂みの中でうつ伏せになり、ライフルを構えて
いました。
ライフルにはスコープがついており、遠くを見渡す
ことができます。
男はスコープで離れた崖いる女を見ていました。
スコープの向こう側の女も、崖の茂みに伏せており
ライフルを構えていました。
女のスコープ付ライフルは男に向けられています。
二人の耳には無線のイヤホンが装着されており、口
元にはマイクがあります。
つまり、お互いに通信のできる状態の二人の男女が
ライフルを構えた状態でいました。
「いい加減にしろよ」
痺れを切らしたように、男が喋り始めました。
「それはこっちの台詞よ」
女が応じます。どうやら相手が先に話すのを待って
いたようです。
「いいか、これは俺の作戦だ。俺が最初にここに陣
取ったんだ」
「『俺の作戦』とは言ってくれるじゃない。勝手にき
めないでよ」
「俺が先だ。お前よりもな」
「いや、私よ。この作戦は私のものよ」
しばらく言い争っていると、崖と崖の間を通ってい
る道を車がこちらにやってきます。
もう少しで、車は二人の陣取っている崖と崖の間を
通過します。
車を確認すると、二人は喋るのをやめました。
ライフルを車の方に向けて、スコープを覗き、タイ
ミングを計ります。
「最後よ。私がやるっていってるの。あなたが退きな
さい」
「いやだね。この作戦は俺がやるべきなんだ」
「…タイミングがずれたらどうするつもりなの。台無
しよ」
「お前に心配されるほど、腕は落ちてないさ。自分の
心配をしたらどうだ」
「言ってくれるじゃない」
車は近づいて来ます。
崖に発砲音が響きました。
発砲は一発だったように聞こえました。
車には若い男女が乗っていました。
「…すごいな。本当にやるんだな」
「でしょ。私の村の伝統なんだけど、銃を使うから物
騒ってことで最近はあまりやらないんだけどね」
「でも、なんか…」
「いいでしょ。音が山々に木霊して、幻想的って言う
か。私は好きなの。
だから自分の時はやってほしかった。
…すごくうれしいわ」
「ああ、俺もいいと思うな。
でも君の御両親のどっちだろう?」
「そうね…。最後までもめてたから…」
崖にいる男のライフルの発射口からは煙が立ち昇っ
ていました。
向こうの崖にいる女のライフルからも。
「撃った?」
「撃った。おまえも?」
「ええ。奇跡ね。どう聞いても一発の発砲音にしか
聞こえなかったわよ」
「…まあ、これであいつらも幸せになるだろ」
「あら、あなたはこういうの信じてないんじゃなかっ
たっけ?」
「若いころはな。だが、今は、なんとなくな」
「そう…」
車はどんどん遠ざかっていきます。
「お幸せに」
二人が同時に呟きました。 |