■リューネ
【タイトル】 |
"花の聖女"(中) |
【作者】 |
リューネ・ヴェルデ・カルティーナ |
—ある寒い冬の夜のこと、その少女は可憐なリズムに身
を任せていた。人々が家路につく中踊り続け、彼女以外
に人影が消えうせてしまった… その時だった。
か細い彼女の肩を黒い腕が掴んだ。
純朴なアメジストがくるりと振向き、凶器が月に照ら
され鈍い銀色を帯びる。
その瞬間夕闇の中に紅が散った、そう司祭たちは
ほくそ笑んだ。が、その少女からそのしずくがこぼれ
ることはなかったのである。
切れたはずの首元からは、ぽろりと薔薇の花弁がこぼれ
落ちたのだった。その勢いは止まることを知らず、
まるで咲き誇っていた大輪の華が突然消え去ってしま
うかのように、無数の花弁が宙へと舞い上がった。
散りゆく美しいロッソが司祭たちを、竜巻のように包み
こんでいった・・・
——どのくらいの時間が過ぎただろうか。
強烈な紅に飲み込まれ、意識が途切れたところまで
しか思い出せなかった。
が、意識の戻った司祭たちは思わず己の眼を擦らず
にはいられなかった。
" ジャルディーノ・フローラル(花の世界) "
そよ風に揺られるアネモネ、静かに佇むアイリス。
百合のビアンコ、向日葵のジャッロ、さくらのローザ。
何度目を擦ってみても結果は同じだった。
それどころか、蝶まで舞っているのが見えてくる。
小鳥のさえずりさえ鮮明に聞こえてきた。
よろよろとふらつきながら、だが意識ははっきりして
おり、すぐさま立ち上がった。
・・・一体なにがあったというのか。
司祭たちは誰ひとりとして己がどういった状況にいるの
か理解できないでいた。
"華の楽園"、そう呼ぶにふさわしい光景にただ呆然と
するのみだった。
ふ、と一人の司祭の視界にロッソが映った。見覚えの
ある紅色。どんな花よりも鮮烈に瞳に焼きつくそれ。
ぽつん、と。棘や緑葉に囲まれ、咲き誇る一輪…
光るしずくに花弁を濡らし、他のどんな花よりも存在感
のあるその薔薇の花は、凛とひとり佇んでいた。
無意識にそこにいるすべての司祭たちが"彼女"に視線
を吸い寄せられてしまった。
美しい、ただその一言さえも飲み込んでしまうほどに、
その薔薇は輝きを放っている。
いつか人々に希望を抱かせたその愛くるしい微笑みを
司祭たちに向けていた。
彼らの脳裏には、この"少女"の殺害を企て、その存在
を消し去ろうとした夜のことが過った。
ところが、"彼女"の暖かな微笑みに、憎悪や恐怖と
いった負の感情は溶かされてしまったのである。 |