■リューネ
【タイトル】 |
"花の聖女"(下) |
【作者】 |
リューネ・ヴェルデ・カルティーナ |
—ほわりとローザの髪が揺れた。
紫水晶の瞳を伏せくるりと司祭たちに背を向ける。
"彼女"は可憐な足取りで舞い踊り、駆けてゆく。
思わず見とれていた七耀の司祭たちは我に返りその
あとを追いかけた。
くるりくるりと舞う一輪の薔薇。その微笑みが花々を
咲き誇らせ、香り立たせてゆく。
蝶は"薔薇"と戯れ、小鳥は春のワルツを奏でた。
彼女の微笑みがすべての存在に輝きを与えてゆく。
彼らもその例外ではなかったのだろう。気が付けば
白かった顔色がほんのりと染まり、硬く結ばれた唇は
綻び、"少女"と一緒になって踊り始めた。
まるで天国にいるような、幸せで楽しいひととき。
—刹那、"彼女"がまき散らす美しい薔薇の花弁が
彼らの指先に触れたのだ。
・・・頭の中を駆け巡る記憶。
飢えに苦しむ母と子。
身寄りをなくした老人。
愛する女を亡くした男・・・
すべて、彼らが護るべきはずの人々の苦しみの記憶
だった。
司祭たちが人々のあまりにも大きな悲しみに瞳を見開い
ていると、"少女"は舞うのを止めて彼らに見つめた。
深い慈愛と悲しみを湛えた紫の宝石に、司祭たちは自身
の過ちに気付かされたのである。
(嗚呼そうか・・・この"少女"は・・・)
彼らの心に甦った"光"を感じ取ったのか、少女は穏や
かな表情を浮かべ、微笑みを残したまま消えていった—
その後、雪の降る寒い真夜中に倒れている司祭たちが
発見された。目を覚ました彼らが見たものは、人々が
もがき苦しみ、希望を見失っている痛々しい姿だった。
これに憐みを抱いた司祭たちは、苦しむ人々に手をさし
のべ、《空の女神》という"光"を与えたのだという。
—不思議なことに、笑顔の戻った人々に"彼女"の記憶
は残ってはいなかった。まるでその存在など無かったか
のように、人々は希望に心を躍らせるようになった。
・・・賢く美しいあの"少女"は一体何者だったのか。
彼らが考えたところで結論が出ることはなかった。
だが、司祭たちにとって本当に大切なこと。愛すべき
人々を《空の女神》のもと導くという彼らの役目。
"光"を思い出させたあの一輪の可憐な花は・・・
きっと私利私欲に溺れる己たちに《空の女神》の想い
を伝える"使者"だったのだろう。
彼らは心から犯した過ちを悔い、希望という光で心を
照らしたあのひとりの少女の姿を石像に刻んだ。
"彼女"の存在を永久の春とするために、まだ当時
未完成だった大聖堂の回廊の片隅にひっそりと祀った
のである。
彼らはその少女を尊敬と親しみの念を込めて
"《花の聖女》フィオーレ・ラウラ"と呼び、生涯護り
続けたという—
もし、いまこの本を読んでいるあなたがアルテリア法国
を訪ねる事を考えているのなら、"花の聖女"に会いに
行ってはいかがだろうか。一目でいいから"ラウラ"に
会ってみてほしい。"彼女"の化身たる一輪の紅い紅い
薔薇を携え、あなたの優しい微笑みと一緒に・・・ |