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■青輝 ひづき

【タイトル】 リベールへの帰路にて
【作者】 青輝 ひづき

「じゃあ、ちょっと待っててね、レン」
 場所は地表から遠く離れた飛行船の中。腰まである長
い髪を左右にまとめた少女が、今しがた立ったばかりの
席に向かって声を掛けた。
「子供の失せ物くらいさっさと見つけてあげなさいな、
凄腕遊撃士さん」
 レンと呼ばれた少女は、窓枠の外に顔を向けたままそ
っけなく答える。
 その様子に苦笑しつつ、先に出口へと向かった少年の
後を追う少女。わざわざ言葉で釘をささずとも、彼女が
もう『逃げない』ことは、よくわかっている。
 一人残された少女レンは、しばらくの間じっと空の向
こうを眺めていた。
「こちら、よろしいですか?」
 不意に、声を掛けられた。
「悪いけど、そこは私の連れが——」
 そう言いながら面倒そうに顔を声の方へと向けたレン
は、しかし続く言葉を止める。
「——ふん。まぁ少しの間なら構わないわ」
 それだけを言い残し、また窓の外へと視線を投げた。
「ありがとう」
 レンに声を掛けてきた少年が、彼女の対面へと腰かけ
る。
 まるで邪気を感じさせない笑顔の中で、右目下の朱色
の紋様だけが異様に映っていた。
「で? 私を連れ戻しに来たのかしら?」
「うーん、僕個人としては戻ってきてもらいたいけどね
。<結社>として、君に関わる動きは今のところないみた
いだよ」
 相変わらずにこにこと少年。
 目を合わせない会話は続く。
「ふーん。なら、どうしてわざわざここへ? まさか偶
然乗り合わせたわけでもないでしょう?」
「ははは、そんなに警戒しないでよ。ただ単に、おしゃ
べりしに来ただけなんだから」
「あら、そう。いつから執行者の仕事は、小娘の話相手
になったのかしら?」
「おお、それはそれでいい仕事だよね。よし、今度盟主
に提案を——」
「……はぁ。ほんとに用がないなら……」
「やだなぁ、本当におしゃべりが目的なんだって。君は
いいタイミングでクロスベルを離れた、これからあそこ
は大きく荒れるよ、ってね」
「……ほんとに用がないなら、さっさと消えてくれない
かしら」
「あれ? 今の話、気にならない?」
「別に。あれだけのことがあれば今後荒れるだろうこと
くらいわかる。それこそ、場合によっては少し前のリベ
ールなんか比較にならないくらい、ね。でもたぶん——

「なんだかんだでうまく収まる。あそこには遊撃士協会
だけじゃなく、もう一つ、大きな力を持った存在がいる
、から? すごいな、君にそこまで評価されてるなんて

「……ふん。大きな力、とまでは言わないけど。せいぜ
い可能性、くらいかしら」
 終始外を見ていたレンの目が、ようやく対面へと向く
。しかし初めから誰もいなかったかのように、そこはす
でにもぬけの殻だった。
 それでも彼女の言葉は続く。人を信じることに慣れぬ
彼女の、不器用なエールとして——。

「……彼らならどんな壁でもなんとかできる。彼らなり
に言えば、『乗り越えられる』だったかしら。そう理由
もなく思っただけ。『この私が』理由もなしに、ね」


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