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■ストッパー

【タイトル】 零ではない距離
【作者】 ストッパー

「ふぅ…」
 特務支援課ビルに戻ってきたロイドは、濡れた前髪を
かき上げ、ため息をつく。
 切らしていた食材を買いに出かけた帰りに雨が降って
きたものだから、大いに濡れてしまった。扉を閉めても、
石畳を水滴が叩く音が聞こえてくる。
「あれ、エリィ?」
 待たせていたはずの彼女の声を呼ぶが、電気がついて
おらず、返事もない。自分の部屋に戻ったのだろうかと
訝しがるが、彼女はここで待ってると言った。それなら
戻るはずがない。
「あ…」
 目を凝らすと、テーブルに突っ伏してうずくまってい
る彼女の姿が見える。

"クロスベルの一番長い日"から二週間。魔都としての
この都市の姿を存分に目の当たりにした住民の混乱は、
未だに収まる気配が無い。
特務支援課は、その煽りをもろに受けることになった。
支援要請は爆発的に増え、ロイドは四人一組から二人一
組で行動することで事態の解決を図るが、依頼は次々と
舞い込み、身体を休める時間すら割けずにいる。
東通りからの依頼を受けたランディとティオは帰って
くる様子は無い。自分たちも、昼食時に戻れたのは、忙
しくなってからは初めてのことだ。
(やっぱり疲れてるよな…)
買ってきた食材をソファに置いて傍に近寄ると、小さ
な寝息をたてている。
彼女の場合、事件に巻き込まれた祖父の心配や、恩師
の裏切りなど心労も大いに重ねたのだから、尚更だ。

 流れる銀髪が、暗がりの空間の中で輝いて見える。

『……その、さっきの続きは、ぜんぶ解決した後にでも
……』

「…う」
その髪が綺麗だと思った瞬間、IBCでの出来事が、
脳裏に強く浮かんだ。
空気に流され顔を近づけ、結果最後まで事に及べなか
ったことを悔やんだりもしたが、今思い返すとひどく気
恥ずかしい。
警察学校時代には湧きあがらなかった感覚が、エリィ
と出会い行動を共にすることで胸に宿り、強烈に顔を覗
かせようとする。自分でも気付かないうちに、彼女との
距離を狭めていく。

 改めて、彼女は自分をどう思っているのだろうと考え
る。顔も整っていて、知識は豊富で、しっかりしていて、
芯が強くて、誰からも人気で、いい匂いがして、柔らか
くて……

「…ん……ロイド…?」
「!!」
まじまじと寝顔を見ていたら気配が伝わったのか、彼
女が目を覚ましてしまった。
「あ、ああゴメン。起こしちゃったか」
平静を装いながらも、口から飛び出そうとする心臓を
そうはさせまいと必死にこらえ、何とか言葉を返す。
「い、今ご飯作るよ。エリィはもう少し休んでてくれ」
誤魔化すように足早にキッチンへ向かう。胸から聞こ
えるはずの鼓動が、なぜか耳の真横から聞こえる。迂闊
な行動をひどく恥じ、手で口元を覆ってしまう。

「……」
何があったのか一瞬分からなかったエリィだが、こう
いう場面でも彼女は聡さを発揮する。
ロイドの様子と、起きた時の彼との距離を考えれば、
それは明白だった。

(もう少し…寝てれば良かった)

 早くも答えを思い当て、思いっきりため息をつくのだ
った————


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