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■和 龍之輔

【タイトル】 灯籠花 前編 -タンロンファ-
【作者】 和 龍之輔

 さて、どうするか……。
 じくじくと痛む右足を庇うように引き、ジンはしかし
正面から目を離すことは無かった。
 立てた左腕、垂直に立てたそれの向こう側み見える相
手は、ジンの隙を見つけようとしているようだった。低
く唸りながら赤く光る目でじっと様子を伺っている。
「だ、大丈夫ですかね……?」
 ジンのすぐ後ろで、依頼人の男が不安そうに尋ねてき
た。
 眼鏡を掛けた学者風情の男だ。遊撃士協会へ彼が出し
た依頼は、荷物と共に自分を研究所まで無事に連れて行
ってくれというものだった。
「ま、何とかするさ。でもここにいるのは危険だ。中で
待っていてくれ」
 必死に頷き、恐る恐るというように彼は後ろの研究所
へと戻っていく。下手に魔獣を刺激しないためか、ゆっ
くりと後ろ歩きをしつつ去っていくのが気配で判りジン
は苦笑した。
 やがて扉が開き、「頼んだぞ!」という声と、扉が閉
まる音が聞こえてきた。
 改めてジンは魔獣と向き直る。
 数は十。すばしっこさが特徴的な、二足歩行型の魔獣
だ。
 対峙するジンは一人。しかし顔に浮かぶのは余裕すら
伺えるのんびりとした柔和な笑みだ。
 その右足には血が滲んでいる。出血はほぼ止まってい
るようだが、痛みまで止まったわけではなかった。依頼
人を庇った時に出来た傷だ。
 痛みは気にせずジンは先手を打った。
 すり足を浮かせ、跳躍の初動に合わて身体を前に倒す。
 倒れこむようにジンが走り出したのが合図だ。キキ
ッ! と猿に近い鳴き声を上げて魔獣達も一斉に動き出
す。
 最初の構えのまま動き出したジンは、立てていた腕を
引き、腰に溜めていた腕を出した。ゆっくりとした動き
だったが、真正面から打ち出された拳を避けることが出
来ず、一体目は後方へと吹き飛ばされていった。
 突き出した腕を引きつつ、地面に弧を描くようすり足
で身体を捻り身を落とす。ぐ、と沈めた身体は突進して
きていた二体目をかわし、ジンが腕を曲げ半歩前に進み
出れば、別角度から飛び込んできていた三体目に肘打ち
が決まった。
 一気に二体倒されたことで魔獣たちの間に強い警戒が
走る。無闇な突撃をやめ距離を取り、威嚇と警戒を込め
た唸り声をたて始めた。
 ジンは両腕の力を抜き、肩幅に脚を開き立つ。
 息を深く吸う。心頭深く、腹のさらに下を意識し自分
の中に湖畔をイメージする。小波一つ立たない静かな湖
畔。それは落ち着きを呼び、同時に自分の中の闘志を感
じさせた。
「ひゅぅぅぅぅ………」
 静かに息を吐き出し、最後まで出し切った後、再びゆ
っくりと構えを取った。
 最初と同じ、身体の左側を前に、右側を後ろに。左腕
を緩く持ち上げ、右腕はいつでもどんな形にも対応の出
来るよう腰で緩く拳を構える。
 同じく、魔獣達も完全な攻撃態勢へと入ったようだっ
た。ここまでで二体。残るは八体。
 それを見据え、言う。

「《不動》のジン。その名にかけて、これより先は通す
わけにはいかん。——いざ、来い!!」

■和 龍之輔

【タイトル】 灯籠花 後編 -タンロンファ-
【作者】 和 龍之輔

「セピスを使った灯りの研究?」
「そう。導力灯とはまた違った方向で、七耀石を使った
何かが出来ないかってね。今日アンタが運んで来てくれ
たのもその研究の成果なんだ。これ、何か判るかい?」
 周辺の魔獣を一掃し研究所へと入ってきたジンを出迎
えたのは、研究所の所長だった。
 見せられたのは一輪の花だ。
 スズランに似た蕾のような形の白い大きな花弁、長い
茎、山中でまれに見かけるそれは、
「ホタル花……?」
「そう。昼は眠りにつき、夜に咲く夜行花だ。そして珍
食材ホタル茸同様、発光する植物でもある。とはいえこ
れはその辺に生えてるのとは違って改良版だけどね。見
てて」
 他の研究員がセピスが詰まった小箱を持ってくると、
所長はその中から火のセピスを取り上げた。
 セピスを蕾の中へと落とし込む。すると、真白い花弁
に変化が起こった。
 花びらの色が、根元からぼんやりと色が変わっていく
ではないか。最初は薄い朱色。それがだんだんと濃くな
り、ものの数秒で先ほど飲み込んだ火のセピスと同じ鮮
やかな赤に変わった。光りを発しており、一面が赤い光
りに染まる。
「凄いだろ? 花がセピスを取り込んで反応を起こし、
こうやって発光するんだ」
「これは……見事だな。しかし本来のホタル花は、こん
な色には光らなかったように記憶してたんだが……」
「それがオレ達の研究の成果だよ! ホントのホタル花
は薄緑にうっすらと光るだけなんだけれど、改良に改良
を重ねて七耀石の属性に合わせて色が変えられるように
なったんだ! 凄いだろ!」
「確かに凄いが、何に使うんだ、これ?」
 よくぞ訊いてくれました、と所長が目を輝かせた。
「提灯」
「は……?」
「ちょ・う・ち・ん! 提灯ってさ、綺麗だし風情もあ
ると思うけど、火傷者も結構多くってね。それをなんと
か出来ないかなって」
 まさしく提灯のように花を持ち、興奮気味に所長は捲
くし立てる。
「そこにこれだ! 提灯の仄かな風情を残しつつも、超
安全! これでもう怪我する人はいない。それがようや
く完成したんだ!」
 呆気に取られるジンはそっちのけで叫びだした所長を
筆頭に、研究員達は皆一様にはしゃぎだす。
 彼らは七耀石が豊富だからという理由で危険な山奥に
研究室を囲み、何年も掛けて研究を続けてきたという。
 そんな彼らが作り上げたのは火を使わない提灯。それ
も今では、祭りの時でしか使わない物。
 その完成に今、子供のようにはしゃいでいる。
「ハハッ……! こいつぁいいや!」
 同じように破顔し、ジンは声を上げて彼らと一緒に笑
った。

 帰り際、報酬の一つとして、ホタル花を一輪貰った。
試しに手持ちのセピスを一つ入れてみた。
花弁の根元から徐々に色が変わっていき、淡い黄色へ
と変化が起き、光りが生まれる。
足元まで届く光りに満足そうに頷いた後、ジンはゆっ
くりと帰り道を歩き出した。
提灯のように揺れ動く花が、夕闇に陰り始めた夜道を
静かに照らし出していた。


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