■ぐま
けたたましいベルの音で、白衣の男達に緊張が走る。
「温度が急上昇しています!」「すぐに扉を開放しろ!」
「このままでは隔壁が!!」「助かる奴を先に回収する
んだ!」「くそっ、煙が邪魔で……」
「今回も全滅か……」
白い帽子を握りつぶしながら、椅子に崩れ落ちる。
「熱を加えることは無理なんでしょうか?」
今しがた回収したもの−黒焦げになった料理−をゴミ
箱に捨てながら聞かれる。
「さあな。しかしこれだけは言える。俺はあの魔獣を生
で食べる気にはならん」
これは、魔獣を食材とすることに命をかけた、挑戦者
たちの物語である。
ハーケン門の厨房は苦境に立たされていた。軍事拠点
の厨房は、兵士の体調管理だけでなく食事で心を癒す目
的もある。だから調理長のポルコは、ボースで各地の食
材を調達し郷土料理の再現に努めた。その結果、困った
事態が発生した。
要するに皆が太ったのだ。
原因を突き止めた軍上層部は、ポルコを呼び出しこう
言い渡した。
「今後、外部から食材を購入することは許さん。すべて
自給自足するように」
この辺は魔獣が多くてろくな動物がいない。肉類だけ
でも除外するよう嘆願したが答えはそっけなかった。
「では、魔獣を調理せよ」
その日から厨房は魔獣研究所と化した。砂粒のように
セピスが混入している魔獣は、単に加熱するだけだと爆
発する。よって購入済の食材が尽きる前に、調理法を見
つける必要があった。リメーラの肉で色々な調理法を試
してみたが、けが人ばかり増えるだけだった。生肉を食
した勇者は3日間生死の境をさまよった。加熱の条件を
変えてみたものの、爆発することには変わらなかった。
つまり、手詰まりである。
そんな中、ルーアンで療養中の生肉勇者から手紙が届
いた。エア=レッテン名物の魚の蒸し料理は、容器とし
て魔獣の甲羅を使っているらしい。甲羅自体はセピスを
含んでないのか加熱しても問題ないのだとか。
「魔獣を食器として使ったりできませんかね?」
手紙はそう締められていた。そうか、奴等の体は器具
としても使えるかもしれない。
固い甲羅を持った月の輪モグラを捕まえ、甲羅の中の
肉を残した上で頑丈に密閉、固定し、蒸してみる。中の
爆発を甲羅が抑えているようだ。火をとめて甲羅を開け
ると、ちゃんと火が通っていた。体内にあったセピスは
肉の外に滲み出ている。おそるおそる口にしてみたとこ
ろ……思いのほか美味しい。さらに門周辺で採れる食材
を甲羅で蒸すといい感じに仕上がった。モグラ肉には滋
養強壮の効果もあるらしい。密封さえ気をつければ野戦
食にも使えそうだ。
「夢見る甲羅焼き」と名づけたその料理は、ハーケン
門の名物になった。
結果的にポルコは軍をやめた。魔獣調理がツァイスの
変態研究者たちの目に止まって、強引に引き抜かれたの
だ。数年後、彼が開発した魔獣食材用の調理器具は、魔
獣食材自体の目新しさも相まって急速に普及していくこ
とになる。 |