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■蟻巣

【タイトル】 歯車 −das Zahnrad−
【作者】 蟻巣

 いっそ歯車のように生きることができるなら——オー
ブメントの調整をしている時、ふとアキが思うことだ。
随分と使い込まれた感のある第三世代の戦術オーブメ
ントだ。おそらくは中古品だろうと、技術者の端くれと
して見抜いている。本来はオーダーメイドされて然るべ
き代物だが、高価ゆえ遊撃士や軍人でもなければ、そう
簡単に新品を所有できるものではない。世代交代に伴っ
て回収されたモノの中から、最も希望者の適性に近いも
のを探し出して誂えるという商売は、違法ながらも珍し
いということは決して無い。

「息子をね、探しているんだ」

 唐突に聞こえた声は、客の男からだった。アキは軽く
目線だけを彼に向けると、それを相槌代わりにして再び
オーブメントに目を落とす。

「恥ずかしながら娼婦に孕ませてしまった子でね……当
時は世間体を気にしてしまっていたのだが——」

 適当に男の話を聞き流しつつ、何処にでもあるような
話だとアキは思う。かくいうアキとて、父親については
顔はおろか名前すら知らず、娼婦だった母親は数年前に
性病を患って狂死した。もっともその頃にはアキは、こ
の工房の以前の持ち主——やはり今はもう亡き老人に、
自分の体を差し出すことを条件に弟子入りしていた。
おかげで手に職を、そして店を持って何とか食いつない
でいけている毎日だ。

「その娼婦は東方の出身でね……そう、君のように黒
い髪と鳶色の瞳をしていたよ」

 東方出身者ならば別に珍しくも無い。むしろアキとし
ては、このデタラメに配置された結晶回路の方が気にな
る。まともにアーツを使ったことがあるものならば、こ
んな非効率的な組み方はしないだろう。
ま、所詮は中古品に手を出すような素人だ——とアキ
は気にせずに作業を続ける。自分とてまともに研修を受
けたことのない素人なのだから、と口元が薄く自嘲の笑
みに綻ぶ。

「だが私は、娼婦であっても彼女のことが好きだった。
——いっそ歯車から抜け出して、彼女と共に生きようか
と考えたことすらある」

 アキの手許が止まった。が、それも一瞬のことだ。
男への嫌悪感が一気に膨らんだだけ——ただそれだけ
に過ぎない。

「けれども私は後になって気づいたよ。歯車に囚われた
生き方は、しかし恵まれている者の特権なんだとね」

「…………くだらねェ」

 思わず、そんなことを言い返していた。

「オレも思うさ。歯車になれたら、何も考えずに済むっ
て」

 ちょうど作業を終えたオーブメントを男に突き返しな
がら、アキはつっけんどんな口調で吐き捨てた。

「けどな——歯車が抜けて機械が壊れるから、オレたち
は新しい機械を作るんだ。歴史っつーな」

 男は魂消たような顔でアキのことを見つめた。
——が、すぐに柔らかい微笑みを浮かべた。

「君はきっと、良い父親になれるよ」

「うるせェ。オレは女なんて嫌いなんだ。師匠だとかぬか
してたババアのせいで、とっくに女には幻滅させられてん
だよ」

 言って、工房を営む少年は男に背を向けた。


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