■スイ
その日、アカシア荘に着いたのは夜21時頃。
ロイドたち特務支援課の面々と共に
ちょっとした宴のような時間を過ごし、
気がつけばそんな時間だった。
美味しい料理と楽しいひと時に
満足の溜息をしつつ、
エステルは自分のベッドに勢いよく身体を投じた。
「今日は楽しかったー!」
帰りに買った食材を片付けつつヨシュアも頷く。
「それに、良かったね」
「うん……良かった、ホントに」
ロイドたちと親睦を深めたこと、
そして……今日は大きな転機の日でもあった。
ずっと探し続けていたレンの所在がつかめたのだ。
大きな前進と共に。
ベッドに仰向けに寝転がりながら、
エステルは独白するように言った。
「ねぇ、ヨシュア。あたし、安心したの。
レンが本当のことと向き合えたことに。
でも、それだけじゃなかった。
あたし、自分に安心したんだ」
「…………?」
「本当のことを知る内に、
レンが愛されていたことが解って嬉しかった。
これは『本当』。でもね、あたしは……」
いつも溌剌としている声が、少し揺れる。
ヨシュアは片付けを済ませ自らのベッドに腰をかけた。
エステルはまだ仰向けのまま。
天井を通り越して空を見つめているのかもしれない、
とヨシュアはふと思った。
「あたしよりレンを抱きしめるのに
相応しい人はちゃんといる。
あんなに優しい家族と一緒の方が幸せかもしれない。
レンもきっとそう思う。そう、思うとね、あたし……」
「向き合うのが、哀しかった? 辛かった?」
ヨシュアの声音はとても穏やかで柔らかい。
夜の空気に溶けるように。
「ヒドいな、あたしって思って、それも辛かった。
でもね、今日心の底からおめでとうって思えたんだ。
それが嬉しい」
「うん……」
「もちろん決めるのはレン。
それでも、レンを抱きしめてもいいかなって思えた。
だからね、嬉しい。すごく嬉しい」
「うん」
いつの間にか頬を伝う涙にきっとエステルは
気付いていないだろうとヨシュアは思う。
自分の弱さ、汚さを思い知る痛みは
ヨシュアも知っていた。
それは本当にシンプルな理由だ。
「エステル自身も言ってたじゃないか。
レンのことを好きだからだよ、それは」
「うん」
ゆっくり、エステルは目を閉じる。
まぶたの裏に浮かぶのは、
今日共に過ごしたロイドたち、
そして……影の国で泣き崩れた幼く脆い少女の姿。
最後に出逢った顔は、
とても不安げな泣き顔だったのだ。
本当はあの時、
ぎゅっといつもの様に抱きしめたかった。
しかしあの時のエステルには出来なかったのだ。
レンがエステルに見えない一線を置いていた以上、
それを飛び越えることはきっとルール違反だから。
(あたしも情けない顔じゃなくて笑顔でレンを抱きしめるからね)
ヨシュアが部屋の明かりを消す。
「おやすみ」という声に返事をしたのか
エステル自身にも解らない。
急激な睡魔に身も心も委ねて、
今日という一日に終わりを告げるのだった。 |