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■翠

【タイトル】 見えざる勲章
【作者】

 「そうですか、後はクローディアやエステルさん達を
 信じましょう。女神のお導きがあるようにと」
『ええ、帝国の方も今は目を離せません』
「共に行きたかったのでは無いですか?」
 少しだけ間を置いて、
剣聖と謳われる男は通信の向こう側で笑って答えた。
『帰る場所を守る戦いも、重要ですから』
「もう一つ、貴方に聞いておきたいのですが。貴方は、
 彼の行動をも読んでいたのですか?」
 返って来たのは苦笑交じりの声だった。
『私は女神でも予知能力者でもありませんよ、陛下』
 その言葉に納得して頷き、アリシアは通信を切った。

 情報が交錯し、状況も刻々と変化する。
諸国、そして何より自国の民への説明を終え、
アリシアが向かった先は結社の襲撃に立ち向かった
一人が眠る部屋。決して重症では無いのだが、
慣れないことをしたせいか、
それとも気が張り詰めていたせいか……
彼、デュナンは目覚めなかった。
整えられたベッドで横になるデュナンを確認し、
アリシアは傍らの椅子へ腰をおろす。
そして、ゆっくり口を開いた。
「驚きましたよ、デュナン。
貴方の勇気ある行動が貴重な時間を作り、
今に至るのです。
私は後継者にクロ—ディアを選んだことを今でも
リベール女王として正しかったと思って
います。ただ一つ、過ちがありました」
すぅ、とゆっくり一呼吸おいてから、
アリシアは甥に、そして自らに語りかける。
「貴方の可能性を制限していたのは私の方でした。
最初から私は正面から言えば良かったのですね。
王家の者として、女王として共に、
リベールを支えて欲しいと」
言い終えてからアリシアは立ちあがり、
部屋の窓から市街に視線を移した。
結社と元情報部の戦場と化したグランセルだが、
今では徐々に街も落ち着きを取り戻しつつある。
民の逞しさに、アリシアは心から誇りを感じた。
「……何もしないままより、
と勝手に体が動いただけのこと」
背後から、独り言のような声。
アリシアは敢えて後ろを振り返らなかった。
「もう、あんな日々は、
リベールが戦火に包まれるのを見たくなど無い。
リベールを……我が国を守りたいと思い前に出て、
力も無いのにバカなことをした」
「力にも、種類がありますから」
そこで振り返り、アリシアはデュナンの目を捉えた。
デュナンも身体を起こし向き直る。
もしかしたら、このように対峙することは
初めてかもしれないと互いが感じていた。
言葉を交わすことは幾度もあったが
『会話』を成していたか否か、そんな思いが過ぎる。
「王家の者として、女王として。
何よりリベールを愛する者としてお願いします。
これからもリベールを共に支えて下さい」
「言われるまでもない、陛下」
深く頭を垂らし、再び顔を上げる。
そこには今までには無い
確かな意志がひとつ、宿っていた。


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