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■白金千乃

【タイトル】 時の軌跡
【作者】 白金千乃

飛行艇から降りた少女は空を見上げて手を組んだ。

「エイドスよ、無事な空の旅路に感謝いたします」

「いいのか?女神様に祈っても」
「アルトさん」

少女の後から降りてきた、男が尋ねる。

「一応俺たちの信仰は"時の神"だろ」

ゼムリア大陸で一番広く信仰されているのは空の女神であるエイドス。
その他の宗教は少数派とされている。

二人はその少数派、時の神を信仰する宗派にいた。

「一応ではなく、ちゃんとです」
「そのちゃんと信仰してる神様じゃなくていいのか?」
「空の事ですから、空の神に祈るものなのでは?」
「いや、聞かれても分からないから」

コーネリアとアルトリート。
巡礼と布教、寄進を目的に各国を渡り歩いている。
そして、とある国へとやってきた。

「しかし噂どおりだったな」
「ええ、これこそまさに動力技術の結晶」

そう言いながら、コーネリアは振り返る。
そこには先ほどまで乗っていた飛行艇の姿。

「軍の最新型には火力、速度を備えた素晴らしいエンジンが搭載され……」
「はいはい」

アルトは軽くため息をつきつつ、地図を開いた。

「ホテルに百貨店、何でもあるな。で、コーは最初にどこ行くんだ?」
「歴史資料館です」
「……まだ知識を詰め込むか」
「たくさんあって困るものではありません」

コーネリアは"歩く辞書"と称されるほどの博学。
彼女の読書量と好奇心が作り上げたものだ。

「それに頭の中が空っぽなのは、結構怖いんですよ?」

まだ二人が出会うより前の話。
コーネリアは記憶を失ってしまっていた。
普通の生活の仕方さえ、分からなくなってしまっていた。

今でこそ博識だが、まだ一般常識には欠けたところがある。
特に導力機器の扱いはまったくであり、アーツにいたっては使うことも出来なかった。
おそらく使う際の感覚も失くしてしまっているから。

「……行くか」
「はい」

前を歩くコーネリアの背中を見ながら、アルトは渋い顔をした。
彼女の笑顔がどこか寂しげだったから。

コーネリアは常に笑顔でいるが、中には無理をした笑顔がある。

経験が無いから分からないが、何も分からないというのは怖いことなのだろう。
いつも片端から知識を詰め込んでいく姿を見るとそう思う。
頭に何か入れ続けないと怖いのだ。

旅をしているのもおそらく怖いから。
彼女にとって旅は読書と同じ、知識を集める為のものでもあるのだ。

いつか世界を巡り終えたら、彼女に記憶は戻るのか。
それとも、新しい記憶が生まれるのか。

(そしたら、"今"の彼女は……)

「アルトさん?」
「ああ、今行く」

優しく強い、母のような懐かしさを覚えるこの国なら、あるいは。

大きな空の下、時をかけて二人は歩いていく。

(全ては時の神の指針の上に、)

自らの神の教えを、小さく呟いて。

■白金千乃

【タイトル】 少女と機械と少女
【作者】 白金千乃

賑やかな音が響くツァイスを、ティータは今日も駆け回った。

「あの」
「はい?」

控えめにかけられた声に振り返る。
そこにはティータより少し年上らしき少女がいた。

「工房の見学がしたいのですが、どこへ行けばいいか分からなくて」

自分はともかく目の前の子が工房見学、と聞いてティータは少し驚いた。
しかし、同年代の女の子が工房に興味があることが嬉しくもあり。

「あのあの、私工房でお手伝いしてるので、よかったら案内します!」

ティータはそう進言した。

外国から来た少女ギーゼラは、独特の雰囲気をしていた。
服や所作からは上品さを感じ。
表情に乏しい様だったが、それも神秘的に感じた。
そして、機械に詳しかった。

「なるほど、それで小型化が可能なんですか」
「ここは一番苦労した部分みたいです」

導力機について年の近い子と話が出来ると思っていなかったからか、ティータは嬉しく感じていた。

 

見学を終え工房を出て、ティータは勇気を出してみた。

「あの、よかったらお友達になってくれませんか!?」

ギーゼラは無言で、しかし少しだけ困ったようだった。
無理を言ってしまったか、とティータが謝ろうとした時。

「ギーゼラ様、迎えに上がりました」
「クラウス」

現れた青年がギーゼラにそう言う。
その後ろにも、大勢の人がお辞儀していた。
自体を飲み込めていないティータに、ギーゼラは説明した。

「バッハシュタインという名を聞いたことは?」
「あ……確か外国のおっきな会社で……」

生活用品中心の民間向け導力機を造る会社。
思い出してティータは気づいた。

「も、もしかしてギーゼラさん、そこのお嬢様……」
「いえ、彼女は社長です」
「そーなんですか……ええ!?」
「はい。彼は私の秘書です」

クラウスの言葉にティータは更に驚く。
申し訳なさそうにギーゼラが目を伏せる。

「立場上自由は利きませんし、子供らしくもありません」

今までにも同年代の友人はいなかったのだろう。
自分と友達になっても、つまらないのでは。
そう思い、ギーゼラは引け目を感じたらしい。

「それでも、ギーゼラさんとお友達になりたいな」
「え……」

ティータの言葉に、ギーゼラは顔を上げる。

「ギーゼラさんとお話するのすごく楽しかった。一緒にいるとすごく楽しいよ」
私なんかがお友だなんて、図々しいかもしれないけど……」
「そんなことは……ティータさんは、気にしないのですか?」
「私は……立場が違っても、お友達にはなれると思う」

そう、あの子の様に。
ギーゼラとはまた違うお嬢様のような少女を想い、ティータは微笑んだ。

ギーゼラは少し考えて、クラウスを見た。
クラウスはそれを受け、無言で目を閉じる。

「ティータさん、これを」
「え?」
「私の家の住所です。お手紙なら、遠くても大丈夫だから」

「私も、ティータさんとお友達になりたい」
「本当!?」
「はい。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ!」

互いに頭を下げて、ふと視線が合う。
そして、どちらからともなく笑った。


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