■某人物
「エステルにヨシュア、ここにいたのね。」
僕とエステルがいる木陰へ、
レンがにこやかに近づいてきた。
「エステル、あれ以外の準備はできたわよ。」
「本当?それじゃあたし、ちょっと見てくる!
レンとヨシュアは先にテラスに行ってて!!」
そう言うとエステルは、
長い髪を揺らして家のほうへ駆けて行った。
「それじゃあヨシュア、
レン達はテラスへ行きましょ。」
レンの手に引かれて近づいてきたテラスの、
たまに父さんが晩酌を楽しんでいるテーブルの上には
確かに準備が整っていた。
3つのティーカップとティーポット。
ブライト家の家族となってから
自然な笑みが増えたように思うレンだけれども、
いつにも増して嬉しそうだなって思っていたら
こういうことだったのか。
「ごぉめんおまたせ!」
ぱたぱたという足音と共に、
甘い香りが運ばれてきた。
僕がエステルのほうへ向くと、
「さあ、お茶にしましょう!」
出来たてのアップルパイを掲げて僕たちに見せ、
エステルは微笑んだ。
エステルがアップルパイを切り分けている間、
レンは、お湯をケトルからティーポットへと注いだ。
今度はティーポットからティーカップへお湯を注ぐ。
そう、そうして茶器を温めるのだ。
茶器を温め終わったレンは、
僕の位置からでは死角になっていた
ケトルの陰から小瓶を取り出した。
小瓶の中には
きゅっと丸くなったお茶の葉が入っていた。
それをころんとティーポットの中へ入れ、
ティーポットへお湯を注いですぐにティーカップへ。
ふわりと、なつかしい香りが広がった。
不思議な感覚だった。
既視感とは違う、けれども似た感覚。
僕がさっきまで見ていた夢の内容が、
キャストを変えてそのまま目の前で再現されている。
エステルが姉さんで、レンが小さな頃の僕で、僕が…。
「何このまんまるこっこいお茶っ葉。珍しいわね〜。」
「うふふ、
ちょっと前にお店に出かけたときに買ったのよ。」
「レンってば本当お茶好きよね。
初めて会った時も『お茶会』を開いていたし。
そういえば、どうして『お茶会』が好きなの?」
「だって元気になれるでしょう?
辛かったり落ち込んだりした時も、
『お茶会』をすれば元気になれるわ。
レーヴェが言ってたもの。
だからよくレーヴェと『パテル=マテル』と一緒に
『お茶会』をしていたわ。
今日のこのお茶はね、
レーヴェが好きだって言ってたお茶の葉なのよ。」
「レーヴェも『お茶会』が好きだったの?」
「そうよ。
稽古が終わった後とかもね、
よくレーヴェがお茶を淹れてくれたのよ。
でもそう言えば
レーヴェはどうして好きだったのかしら?
ねえ、ヨシュアは知ってる?」
「え?」
急に話を振られ、一瞬戸惑った。
レーヴェがお茶が好きな理由…。
僕は思う。
もし、あのお茶会がレーヴェにとって
今の僕と同じように
大切な記憶であったならば…。
「それはね…。」
僕はティーカップを両手で包み込んで、
その温かさを感じながら言葉を紡いだ。 |