■ メデューサの首 ■ メデューサ。 蛇の頭髪を持つ女の上半身に蛇の下半身。 その眼光に捕らわれたものは、一瞬にして石と化す。 あまりにも有名なこの魔族の始まりは、意外にも可憐な乙女である。 少女メデューサは輝くばかりに美しかった。 ことにその黒髪は、ぬばたまの夜空を映すようで、数多くの男たちの賞賛の的となっていた。 ある日、愚かな男のひとりが言った。 「君の髪は神々の庭園に住まう女神の髪よりも美しい」 世の中を知らない少女は、その言葉を『自分は女神よりも優れた人間だ』という意味に受け取った。 たしなみと思いやりを忘れ、多くの人々に対して傲岸な女王のように振る舞った。思い悩んだ両親が意見しても、鼻で笑うばかり。 少女の様子を神々の庭園から見守っていた女神は、大分長いこと我慢していたのだが、とうとう怒りを抑さえきれなくなった。 少女の思い上がった心は、その美しさにふさわしくない。 「おまえに似合う姿を与えよう」 女神の声が天上から降ってくるのと同時に、少女メデューサの姿は二目と見られぬ醜い姿に変わった。 艶やかな黒髪は不気味な輝きを放つ鱗を持った蛇に、しなやかな両足はひとつに絡んで長い蛇の尾になった。 あまりのことに恐れおののいた少女は、両親の元へ逃げ込んだ。 だが、娘の変わり果てた姿を目にした両親は、恐怖のために石に変わってしまった。 怪物となったメデューサは、怪物として生きるしかなくなった。 長い尾を引きずって地の果てへ赴き、多くの魔族たちに混ざって暮らした。 やがて年月がたち、子孫が増えて、メデューサはよく知られる魔族となった。 「着きましたね、おっしょうさま。ここがメデューサの生まれ故郷ですか?」 ペンタウァから少し離れた村の入り口で、カレンは汗ばんだ前髪をかきあげた。 奇しくも少女であったメデューサと同じ年頃の、快活な新米冒険者である。 「うむ。いやしくもメデューサハンターになろうというなら、その歴史を知っておかねばならぬ」 初老の師匠は、分厚い書物を広げながら胸を張った。 カレンのような小娘相手に偉ぶっているところが、少し子供っぽい。 それでもカレンは、この調子のよい師匠が嫌いではなかった。 怪しい蘊蓄を振り回しながら先に立って歩く師匠に従って、村の中に入る。 「やや!?」 村の広場に達したふたりは、辺りの光景に絶句した。 そこここに立ち並ぶ石像の群。老若男女を象った精巧な像だ。それら全ての表情は恐怖のために凍りついている。 カレンは思わず師匠の腕にしがみついた。 「いかん、カレン! 目をつむれ!」 突然、師匠が叫ぶ。言われるままに目を閉じると、師匠の腕がみるみる冷たく固くなった。まるで石のように。 「走れ、カレン……足下の影を見て走るんじゃ……前を見ては、なら、」 師匠の言葉は途中で固まった。 カレンは言われるままに駆けだした。 すぐ後ろで無数の蛇がしゅうしゅうと息を吐く音が聞こえる。 メデューサがこちらへ向かってくるのだ。 まさか、こんなことになろうとは。 カレンは、迫り来る危機におののきながら、ひたすら走るしかなかった。 |
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