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■ホルダ

【タイトル】 嗚咽
【作者】 ホルダ

クローゼは慣れたドレス姿で城の前まで行き、
誰も自分を見ていないことを確認すると立ち止まった。
その時、花火の打ちあがる音がして、
彼女は反射で上を向いた。
祝賀会には花火の催しが計画されていたことを
すっかり忘れていた。
クローゼは、先ほど会っていた彼の方を
振り返りかけたが、やめた。
彼は先ほどすれ違った少女と話し込んでいる。
視線一つ送るのも躊躇われた。
「ベストタイミング、ですね」
きっと二人は──ヨシュアとエステルは、
一緒にいることになるだろう。
その場所が、リベールでも、エレボニアでも、
あるいは名もない辺境の地でも。
クローゼは目をつぶり、ひとりごちた。
「舞台は完璧。これで……よかったんです」

クローゼはヨシュアが好きだった。
いや、あるいは今もかもしれない。
初恋だった。
叶うことのない恋だと、
危機から大切な人を守る彼の仕草から理解した。

──汚い手でエステルに触るな。

敵対した市長に向けられた視線は、ひどく冷たくて
本当に彼のものなのか疑りたくなったけれど、
その覚悟は自分の祖母や、自分を守ってくれる
多くの騎士から感じ取ることのできる感情に
とても似ていた。

それにしても、叶わないと理解するのは
少し、遅かった気がする。
学園で共に過ごした時間は、感情を共有するには
短くても、恋心を育むには十分すぎた。
今となっては、出会ってすぐ無意識のうちに、
二人の絆が自分の入り込む余地のない
強いものなのだと気づいていたような気もする。
この告白は、それを確認したに過ぎない。
「だけど、分かっていたけど……
私、心のどこかで期待してたのかもしれません」
好きになってくれる、なんて思わない。
ただ、少しでも気にかけてくれればって。
でも、現実は違う。

──もし、ヨシュアさんが
エステルさんより先に私と出会っていたら……
エステルさんとじゃなくて……私と……でしたか?

──ううん……それは……ないと思うな。
……ごめん、クローゼ。

わかっていた答えだった。
そうであるべきだと思ったし、
だからこそこのヨシュアでエステルなのだ。
この二人だから、自分は身が引けるのだ。
だけど……だけど……。

その時、閉じた目から温かみのある滴が伝った。
クローゼは驚いて頬を触る。その時目を見開いたのが
原因か、それとも自分の感情を自覚したからなのか。
涙はぼろぼろと音を立てそうなぐらい
大粒になり、クローゼの頬を転がり出した。
せっかく想いを言えたというのになぜ泣くのだろう。
……こんな顔を誰かに見られるわけにはいかないのに。
クローゼは城の脇に植えてある木の影に行き、座った。
肩の力が抜けて、こんな考えが頭の中に現れた。
──泣きやんだら、今度こそ私の恋は終わり。
決めた途端、クローゼはさらに激しく泣き出した。
その様子は悲しいからというよりは、
何か溜まったものを洗い流すためのようだった。
押し殺した嗚咽が花火の弾ける音にかき消されてゆく。

■ホルダ

【タイトル】 琥珀猫
【作者】 ホルダ

 とある辺境の村に一匹の黒猫がおりました。
目が琥珀の色をしていたので、
この黒猫は琥珀猫と呼ばれていました。

 ある日、琥珀猫の元へ茶色の雌犬がやってきました。
緋色の瞳と明るい性格から
火輪と呼ばれている犬です。
火輪はよく琥珀猫に構いたがります。

 今日の火輪は興奮気味でした。
「ねえ、変なものが落ちてきてるわよ!」
琥珀猫は、火輪の案内する
村の外れへとやってきました。
なんとそこにあるのは墜落した飛行艇でした。
「動物がたくさんいる匂いがするんだけど…」
鼻の利く火輪が表情を曇らせます。

「お客が待ってるから早く修理しろよ」
飛行艇から出てきたのは三人の男でした。
修理修理と口々に言う男たちは、荷物を
せっせと運び出しました。
その荷物を見て、火輪は驚きました。
荷物とは、動物たちが閉じ込められた
ケージだったのです。皆悲しそうに鳴いています。
二匹は話を聞くことにしました。

 二匹は男たちの目を盗んで、ある
白いハヤブサの入ったケージに近寄りました。
「私たちは、友人のもとから盗み出されてきました」
ハヤブサは初対面の二匹に臆することなく事情を
伝えました。そして、協力するよう頼んできました。
そこで、琥珀猫は一つの作戦を立てました。

 「逃げたぞ!」
叫び声に、男たちは皆空を見ました。
ハヤブサが空中を旋回しています。
「どこから逃げやがった、あれは高そうなのに!」
男たちはどこかへ行くハヤブサを追いかけました。
その隙に、琥珀猫と火輪は
次々とケージを開けていきます。
「村の近くにある港の船に忍び込めば、きっと
元の場所に戻れるわ。頑張って!」
火輪は動物たちにそう伝えて送り出しました。
やっと全ての動物を開放し終え、
ハヤブサの安否が心配される中、
修理のため残っていた一人が、
飛行艇から出てきました。
男はケージの状態に仰天した後
見送りから帰った火輪を見つけてにじり寄りました。
「その両耳についている飾り……
こうなったらお前だけでも売り飛ばしてやる!」
火輪は不意を突かれて転倒しました。
男は大股で火輪に歩み寄ります。

 そこで琥珀猫が腕にとびかかりました。
男は琥珀猫を振り払い、琥珀猫と対峙しました。
所詮猫と男は思いましたが、
猫の琥珀だった瞳が黄金になり、
急に殺気を放ち始めました。
男は自分でも驚くほどに怖くなって、
あっさり飛行艇に戻っていきました。

 その頃戻ってきた男たちの手元に
ハヤブサはいませんでした。
怒った男たちは、修理を終えると
すぐに去ってきました。

 その後、ハヤブサが村にやってきました。
「皆さんのおかげで皆が脱出できました。
ありがとうございました」
そして飛び去ったハヤブサの横顔は
赤らんでいるようでした。
もっとも、それに気づいたのは
火輪だけでしたが。

 「あたしも……ありがとう!」
火輪は琥珀猫に言いました。
「庇ってくれて。助かっちゃった」
火輪の名の通りの笑顔に、琥珀猫も笑顔で返しました。
またその瞳は、いつもの琥珀色に戻っていましたとさ。


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