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■もみじ

【タイトル】 変わりゆく未来
【作者】 もみじ

 ベンは鉱山町マインツでの仕事を終え帰路につく途中
ふと溜息を吐いた。
毎日が同じことの繰り返しで何を目的に、何を夢に生
きていけばいいのかわからない。
かつてベンは遊撃士になるため日々努力を重ねていた
が、思うように実力がつかず、自分の力の限界を感じ、
遊撃士になることを断念してしまった。
ベンは大柄で性格は誰に対しても優しく、彼特有のお
っとりとした話し方で多くの人に慕われた。
仕事が終わり、普段は通り過ぎてしまうセイクリット
公園に寄り、ベンチに座った。セイクリット公園はこじ
んまりとした空間にベンチ、ブランコだけの何の魅力も
ない公園だ。ただ、ベンチから見下ろせる無数にある光
が気持ちを和ませてくれる。そこへ一人の女性の声が聞
こえた。
「ベン?」
エステルだった。おそらく遊撃士の仕事の帰りだろう。
「お〜、エステル、久しぶり」
「そうだね。一年ぶりぐらいかな。ベン、かなり太った
ね」
「エステルもね」
相変わらず思ったことを言う人だ。ただ女性と話すこ
とが得意ではないベンもエステルと話すときは素の自分
でいられるような気がする。おそらくエステルを女性と
して感じていないのだろう。ベンの隣に座るとエステル
は腕を組んで手を伸ばした。
「あ〜、疲れた」
「今日も忙しかったの?」
「うん、最近毎日のように人の畑から作物を盗む人がい
るらしくて、その犯人捜しをしていたの」
「見つかった」
「ううん」
「それは残念だ」
「ところでベンは最近仕事どうなの」
「特に何もないよ」
「そっか」
わずかな沈黙の後、ベンが先に口を開いた。
「なんかエステルが羨ましいんだよね。遊撃士みたいな
誰もが憧れる職につけて。それに努力して手の届くもの
でもないし」
エステルはベンが遊撃士を目指して毎日必死に努力し
ていたことを知っていた。
「そういうことね。ベンの悩みって」
「え?」
「ベンは今の仕事に満足していない。ほんとは今でも遊
撃士になりたいけど、手が届かないのは自分が一番よく
わかってる。だからこうして悩んでいるでしょ?」
エステルにここまで見抜かれるとは思ってもみなかっ
た。
「私も棒術でどんなに努力しても追い付けない人はいる
。悔しいけどそれは認める。でもね、だからって落ち込
まないよ。
私には人に元気を与えられる力があると思ってるから」
「ベンは誰よりも責任感があるし、人を大切にする力を
持ってる。
私が熱で寝込んだ時、一番最初に見舞いに来てくれた
のがベンだったね。たくさんいろいろな物持ってきてく
れたこと覚えているよ」

「目に見える才能と目に見えない才能、人には必ず一つ
は才能が与えられていて、その才能が生かせれば幸せに
なれると思う。
ベンは今の仕事の中で自分の才能を生かしていけばも
っと幸せになれると思うよ」
エステルの話を聞いて明確な答えを出せたわけではな
かった。ただ不思議と心の蟠りは消えていた。
「ベン、もう帰ろ」
「そうだね」
暗い夜の中でも輝き続ける背中をベンはゆっくりと追
った。

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