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■銀朱

【タイトル】 業務日誌:ウルスラ病院リットン研修医
【作者】 銀朱

 自分の勤めている病院に入院するほど、恥ずかしいこ
とはないと思う。
第一に患者さんの視線の痛さだ。
「先生が入院って、医者の不養生ですね」とか、
「入院着、着ているとなんだか威厳ないよね」とか。
これは不幸な事故だ! 断じて自分の不摂生ではな
い! と叫びたくなる。
第二に、スタッフの内情を知っていること。
「では先生、問診表に記入してください。ここに既往歴
と症状、家族構成と年収の記載お願いしまーす」
おい、フィリア看護師! 家族構成はともかく、年収
の記載の必要性はないぞっ。しかも今、チッて言ったし。
「担当のシロンでーす。せんせ〜おねがいしま〜す」
「……」
看護師のシロン。この娘は黙っていれば、かなり可愛
い。横の患者が心底うらやましそうに僕を見ている。こ
っちだって出来ることなら代わってもらいたい。
なにせ歩くトラブルメーカー、命がいくつあっても足
りないことはナースステーションで仕事していれば嫌で
も耳に入ってくる。
さっきだって鎮痛剤を希望したら、
「座って飲んでくださいね」
って、これ座薬だぞ、おい……
あまりにもひどいので師長に抗議したら、
「いつも止めにはいっているメイファが休みなんだ。他
の患者を担当させるわけにはいかないんで、医療事故が
どういった経緯で起こるか勉強ついでによろしくな」
……逆らえません、この師長には。研修医の立場なん
て、しょせんこんなもんです。
それに、おちおち入院していられない。
「ああ、リットン研修医。ちょうどいいところに」
「あ、アーシェラ主任。おはようございます」
彼女は医療機器開発にたずさわる主任医師だ。
「ねえ、新しい機材を開発したのよ。『内視鏡』って言っ
て手術をせずとも内臓を見ることが出来るすぐれ物な
の」
「それはすごいですね」
「でしょ。だから、ここに横になって」
「はい?」
「だって、患者さんで試すわけにもいかないでしょう。
だから、はいっ」
「僕も患者なんですが……」
「大丈夫、大丈夫。ゲイリー教授には言っておくから。
あなただって健康な内臓観察したいでしょ?」
……そういう問題ではないです!

「点滴終わりました」
ナースコールを押しても返事がない。点滴スタンドを
転がして廊下に出たら、いつもは穏やかなセシル看護師
が血相を変えていた。
「あ、先生! 今魔獣に襲われた患者さんが次々に外来
に来ているの! ゲイリー先生や外科の先生は手術中で
手が離せなくて、ラゴー先生が蘇生術を行っているので
すが手が足りなくて!」
そういいながらエレベーターを待つ時間すら惜しいの
か、階段を駆け下りていってしまった。
「……ええいっ!」
僕は自分の点滴を引っこ抜くと、ナースステーション
に掛けてあった白衣を入院着の上に羽織る。
……僕に出来ることはわずかかも知れないけれど、何か
はできるはず。
僕だって、医療者の端くれなんだから……

■銀朱

【タイトル】 業務日誌:アルセイユ操舵士ルクス
【作者】 銀朱

「はーい、質問〜。ユリアさんのピアスって誰からのプ
レゼント? まさか恋人さんですかぁ?」
アルセイユの艦橋で間延びしたドロシーの声が響く。
しっかし、鬼よりも厳しいとされる艦長に対して、よ
く平気でそんなことが聞けるなぁと感心する。
そう思いつつも聞き耳を立てているのは自分だけでは
なさそうだ。一見無関心に見えるエコーも端末を操作す
る手が止まっているし、リオンにいたっては山猫号との
通信を最小音量に変えやがった。
浮いた噂が一切出ない艦長のプライベートは、自分を
含め、乗組員全員が気になるところだ。
「......言わなくてはいけないのか?」
ため息混じりにつぶやく艦長の右手は、問題のピアス
をいじっている。艦長が考え込む時のクセだ。
「大尉さんよぉ、どうせ今回のことは、まともに記事に
書けないんだろ。見喰らう蛇や輝く環とか、せっかくの
スクープなのにだ。そんな薄っぺらい記事では読者が、
いや国民が納得しない。そこでだ、アルセイユ組の頑張
りを記事にするってことで、ここは一つネタの提供を頼
むっ!」
よく言った! ここでナイアルが土下座でもすれば艦
長はきっと落ちる。意外にうちの艦長は押しに弱い。
「......あまり記事にして欲しくはないのだが......このピ
アスは殿下からいただいたものだからな......」
そういって艦長は話し始めた。

「......初めてクローディア殿下にお会いしたのは親衛隊
に入隊したときだった。自分とは歳も近かったことから
姫殿下の護衛をすることが多かったのだ。
殿下が自分にプレゼントをしたいと、自分の宝石箱か
ら指輪を取り出したのだが、自分は『それは国民の税で
あり、いただくわけにはいかない』と断った。殿下は、
それならば自分が働いたお金でプレゼントしようとおっ
しゃったのだ。
城から出られない幼い彼女なりに考えたのは、窓拭き
や、皿洗いなどの手伝いをしてお駄賃をためたそうだ。
ある日、クローディア殿下が恥ずかしそうに小さな小
箱を手に持ってきてくださった。
ヒルダ婦人と街にでて、百貨店を覗いたが、殿下の持
っていたお金では小さなピアスしか買えなかったこと。
それでも私の誕生日に間に合ってよかったと笑いながら
おっしゃったのだ。
それ以来、ずっと身につけているのだが......」
言いながら、艦長の右手はピアスに触れたままだ。

「まあ、そんなところだが......ナイアル、記事にするの
はやめてくれ。殿下に御迷惑がかかるのでな。ところで
ルクス! 左舷の修復状況はどうなっている! リオン、
山猫号の修理状況の報告はいつになったら出来るのだ! 
エコー、敵戦艦の状況は!」
「は、艦長。ただいま報告します!」
艦長ってば、分かりやすい。怒鳴るのは絶対照れ隠し
だ。
「ルクス! にやけていないで仕事しろ!」
「イエス、マム!」
やっぱり、俺たちの艦長はこうじゃなくっちゃな。

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