■銀朱
【タイトル】 |
業務日誌:アルセイユ操舵士ルクス |
【作者】 |
銀朱 |
「はーい、質問〜。ユリアさんのピアスって誰からのプ
レゼント? まさか恋人さんですかぁ?」
アルセイユの艦橋で間延びしたドロシーの声が響く。
しっかし、鬼よりも厳しいとされる艦長に対して、よ
く平気でそんなことが聞けるなぁと感心する。
そう思いつつも聞き耳を立てているのは自分だけでは
なさそうだ。一見無関心に見えるエコーも端末を操作す
る手が止まっているし、リオンにいたっては山猫号との
通信を最小音量に変えやがった。
浮いた噂が一切出ない艦長のプライベートは、自分を
含め、乗組員全員が気になるところだ。
「......言わなくてはいけないのか?」
ため息混じりにつぶやく艦長の右手は、問題のピアス
をいじっている。艦長が考え込む時のクセだ。
「大尉さんよぉ、どうせ今回のことは、まともに記事に
書けないんだろ。見喰らう蛇や輝く環とか、せっかくの
スクープなのにだ。そんな薄っぺらい記事では読者が、
いや国民が納得しない。そこでだ、アルセイユ組の頑張
りを記事にするってことで、ここは一つネタの提供を頼
むっ!」
よく言った! ここでナイアルが土下座でもすれば艦
長はきっと落ちる。意外にうちの艦長は押しに弱い。
「......あまり記事にして欲しくはないのだが......このピ
アスは殿下からいただいたものだからな......」
そういって艦長は話し始めた。
「......初めてクローディア殿下にお会いしたのは親衛隊
に入隊したときだった。自分とは歳も近かったことから
姫殿下の護衛をすることが多かったのだ。
殿下が自分にプレゼントをしたいと、自分の宝石箱か
ら指輪を取り出したのだが、自分は『それは国民の税で
あり、いただくわけにはいかない』と断った。殿下は、
それならば自分が働いたお金でプレゼントしようとおっ
しゃったのだ。
城から出られない幼い彼女なりに考えたのは、窓拭き
や、皿洗いなどの手伝いをしてお駄賃をためたそうだ。
ある日、クローディア殿下が恥ずかしそうに小さな小
箱を手に持ってきてくださった。
ヒルダ婦人と街にでて、百貨店を覗いたが、殿下の持
っていたお金では小さなピアスしか買えなかったこと。
それでも私の誕生日に間に合ってよかったと笑いながら
おっしゃったのだ。
それ以来、ずっと身につけているのだが......」
言いながら、艦長の右手はピアスに触れたままだ。
「まあ、そんなところだが......ナイアル、記事にするの
はやめてくれ。殿下に御迷惑がかかるのでな。ところで
ルクス! 左舷の修復状況はどうなっている! リオン、
山猫号の修理状況の報告はいつになったら出来るのだ!
エコー、敵戦艦の状況は!」
「は、艦長。ただいま報告します!」
艦長ってば、分かりやすい。怒鳴るのは絶対照れ隠し
だ。
「ルクス! にやけていないで仕事しろ!」
「イエス、マム!」
やっぱり、俺たちの艦長はこうじゃなくっちゃな。 |