■伊桜
陽だまりにて和む猫のアクビも聞こえそうなのどかな昼
下がり、ここブライト家は喧騒の聖地とも言える騒がし
さだった。
「きゃっ!んもぅ、どうしてエステルに勝てないの!」
そういって顔を膨れさせているのはレン。ブライト家に
引き取られた彼女は、愛用していた鎌を捨て、棒術の訓
練をしている。
「ふふーん。まだまだね」
自慢げに言うエステルに手伝ってもらい、起き上がりな
がらレンは拗ねた。
「おかしいわ!レンは天才なんだから、武器を変えたっ
てエステルになんか負けるはずはないのよ。すぐに追い
抜かしてあげるんだから」
「偉い!よく言った!ソレでこそアタシの妹分だわ!
よーし。じゃあ今日は特別レッスンをしてあげる」
こうして棒術特別レッスンが始まったのだった。
丁寧に整理された包丁、食器。井戸から汲んだばかりの
水は心地よい冷たさを湛えている。
「って、なんで台所なのよ!」
「いいから、いいから。
今からアタシの作るオムライスと同じ味のオムライスを
作ってみないさい。」
「何よ、それ。まぁいいわ。レンは天才なんだから。料
理だってエステルなんかに負けないんだから。」
数時間後、同じ場所、お互いのオムライスを食べ比べ、
沈黙するレンの姿があった。
「エステルと同じ味なのに、エステルの方が美味しい。
なんで!材料も味付けも、作り方だってエステルと同じ
にしたのに!」
納得がいかない様子のレンの頭に、そっとエステルの手
が置かれた。
「レン。オムライスの味はね、材料や味付けだけで決ま
るものじゃないの。
食べてくれる人に幸せになって欲しい。そんな気持ちが
味を美味しくさせるものなのよ。
棒術も同じ、敵を傷つけるだけじゃない。
敵対する相手、守るべき人。その皆が幸せになることを
想って振るうからこそ、強くなるのよ。
まっ、オムライスでアタシに勝てないウチは棒術でもア
タシには適わないわね。」
その日から、レンのオムライス修行が始まった。
血の滲む様なオムライス修行を経た数日後、得意気な表
情でオムライスを並べるレンの姿があった。
「う〜ん!美味しい。やったじゃないレン!
アタシのオムライスとは違う味だけど、
同じ美味しさね。」
「ふふ、レンはやっぱり天才ね。チョット練習すればこ
のぐらいはすぐ出来ちゃうんだから。」
「あれ、この味はひょっとして。」
何かに気が付いた様子のエステルのことは目もくれず、
レンは外に飛び出して
「この調子で棒術だって負けないわよ!さあ、早く特訓
を始めましょう。」
エプロンのまま、棒術具を手にしたのだった。
その日ブライト家の調理場には、リベールで良く使われ
るしゃっきり玉ネギやほっくりポテトではなく、
クロスベルで好まれる号泣オニオンや
王様ポテトが並んでいた。
これは、きっとあの子が小さい時に食べていた食材ね。
「エステルー!早く表に来なさいよー!!」
「ふふ、早く行ってあげなきゃね」
『ソフィアさん、アナタの愛情は、
あの子の中に確かに息づいていましたよ。』 |