■Souya
【タイトル】 |
だから、わたしは、ここにいる |
【作者】 |
Souya |
金属が擦れるような小さな音がする。
小さな町の、素朴な宿の一室、机の上に置かれた小型
の導力照明から断続的に続く独特のリズムが、やけに大
きく響く。その乳白色の光の中、対面に座る人物の声が
空気に溶けるように重なる。
ここ無理やろうか、無理やろなぁ、無茶してええこと
ないもんな。
普段の話し声よりも幾分低く、擦れた声で発せられた
のは、私に向けた言葉ではなかった。見られている事に
気づいたのか、オレなんか言うてたやろか、と書類から
顔を上げてこちらに向ける。
「まぁ今回は外法絡みとちゃうからな、魔獣いうても
大したのおれへんし、けど気は抜かんでな」
真顔なのか笑顔なのか分からない表情を作ってそんな
ことを言った。
「わかった。でも思ったより大仕事になりそう」
予定外の長い打ち合わせの内容は、今回の任務の大幅
なルート変更だった。この町の郊外の遺跡で反応が確認
された、古代遺物と思わしき物の調査と回収。しかし、
昼間に下見をした限りでは、予想よりもはるかに多くの
箇所が崩れて通れなくなっていた。
「ここらへん、もうドッカーン壊してもうてええんと
ちゃうの」
ペンを指に挟んで器用に回しながら、身も蓋もない軽
口を叩く上司。そういうのは私のセリフ、取らないで、
と調子を合わせつつ釘を刺すのは忘れてはいけない。
「かなり通路が狭かった、回収物の大きさによっては
逆まわりがいいかも」
「ほんまや、かしこいな、自分えらいなあ」
ふざけた口調を崩さない彼の眼が、真剣なまま手元の
地図を追っているのには、最近気づいた。
しかし、今日はもうひとつ、気づいたことがある。
「ケビン、これは任務、そんな顔して言わないで」
「はあ、どないなってるて?」
「にやけてる、遊びに行くのと違う」
口元はなんとなく、笑っていた。
ほんの一瞬、目蓋を大きく開けてこちらを見ると、そ
れをまたほんの少しだけ細めてううん、せやなあ、と小
さくつぶやく。
「従騎士おらんようにしてたやんか、近くにな、見せ
たくないもんもあったしな」
彼の意図していることが分からず、つい眉根を寄せて
しまう。半分責めるつもりで、あとの半分は後押しする
つもりで、どういうこと、と問いかけた。それでもまだ
歯切れの悪いつぶやきを続けている。
いやあ、うん、まあ、いや正直——
「リースおったら楽しいな、こういう任務ならな」
苦笑しながら、言うセリフではないと思った。
そんなふうだから、いつまでたってもへたれだと思っ
てしまうのだ。
そんなふうだから、私は、いつまでたってもケビンは
ケビンだと、そう思う。
こんな人だから、隣にいたいと思う。内緒だけれど。
「不謹慎です、いいから進めます、時間がありません」
「敬語禁止や言うたやないか」
そう、子供のようにふてくされたふりをして、書類に
眼を落とす。
私は、また鈍色のペンが指の間でくるくると楽しそう
に回り出すのを眺めていた。 |