■初羅
「着替えるから、手伝ってくれるかしら、エステル」
「え?で、でも…」
エステルは戸惑ったが、レンはワンピースを抱いたまま、
鏡の前へと立ち、早く、とエステルを急かす。
「ヨシュア、レディの着替えを覗く気なの?」
面食らったようにレンの挙動を見ていたヨシュアは、悪
戯っぽくレンに笑われてはっとした顔をした。
そうと言われれば、男子は、廊下へと出て行くしかある
まい。
それをしっかりと見送ってから、レンは自らワンピース
を脱ぎはじめた。
両の足には、いまでも、十字が刻まれ続けている。
一生消える事の無い、真実。
それは、確かに『クロス』を始めとした子供たちが居た
事実。
どうしようもなく、自身が汚れてしまった事実。
レンは、鏡の前で、静かに足の一番大きなクロスに手
を触れた。
「レン、…無理しないで、いいんだよ?」
「………そうね」
《結社》での日々を思い返す。
人々の痛みを訴える声と、悲しむ声を一身に受けて漸く
得ていた安息の眠り。
パテル=マテルと出会い、本当のパパとママを手に入れ
たと、そう思っていたのに、それでも尚、心のどこかが
ぐずぐずと傷んでいたような日々。
けれど、エステルと出会い、その傷み続ける場所に触れ
られた時から、何かが変わった。
そして、真実を、知ったから。
残酷な現実しかないと知り、差し伸べられる手を信じら
れず、賭けをした。
けれど、賭けの結果を得る前に、レンは、真実を得た。
それは、残酷でもなく、悲劇でもなかった。
ただ、ただ、それだけが、真実だった。
「エステルも、もっとかわいい格好をして、ヨシュアと
デートをするべきだわ」
はいていたソックスも脱いで、レンはワンピースに袖
を通した。
横で顔を赤くさせたり、青くさせたりするエステルに、
くすりと笑みを漏らして、鏡の中の自分を覗き込む。
それから、エステルを振り返って、もう一度レンは微笑
んだ。
「エステル、胸きつくて、ウェストが緩いわ」
「……って、どういう意味よ!レン!」
顔を真赤にさせて握り拳を振り上げるエステルから、レ
ンは軽やかに身を翻して逃げ出す。
そのスカートから覗く足に、クロスがちらついた。
「もう逃げないから、大丈夫よ、エステル。鬼ごっこは
エステルとヨシュアの勝ちだもの」
逃げる必要はもうないのだ。
これからは、向き合わねばならない。
己の過去と、己の罪と、そして、これからの己の未来と。
消えて行った子たちの事を思う。
そう、消えて行ったクロスたちの分まで、生きよう。
両の足に無数に残った、彼等の痕跡と共に。 |