■呉葉
とうとう言ってしまった。
泉の方へと去っていく彼女…シェラザードの後姿を眺
めながら、オリビエは一人、庭園の片隅に立ち尽くして
いた。
これで彼女との関係は変わってしまうかもしれない。
それでも…今、伝えておきたかった。
シェラザードはこちらの真意を測りかねているようだ
った。
それは当然だと思う。
自分だって、言うつもりはなかったのだ。
こんな機会があるとは思ってもいなかったから。
思い起こせば、飛行船の上で対峙したあの時だって、
あんなにあっさりと自分の正体を明かすつもりはなかっ
たのだ。
彼女が感づいていることに、こちらは気づきもしてい
なかったから驚きこそしたが、いつものようにはぐらか
すつもりだった。
だが「道化ゴッコは通用しない」と、真正面から一人
で立ち向かってきた彼女に対し、驚くと同時に思ったこ
とは。
…彼女なら、ミュラーのように共犯者になれるかもし
れない。
逡巡は一瞬。
もちろん、全ては言えなかったが…シェラザードに自
分のことを明かしていた。
多分あの時に、心を掴まれていたのだと思う。
そして始まった、表面上は飲み友達、その実は共犯者
としての関係に、不満はなかった。
それ以上を望んでいたわけでもなかった。
だが、その中で起こったルシオラの一件。
普段、頼られる側のシェラザードは、仲間に弱音を吐
くようなことはしなかった。
その姿を見て思った。
…自分が、彼女を支えたい、と。
だが、想いを打ち明けることはできなかった。
この先、ギリアス・オズボーンとの戦いで、命を落と
す可能性だってある。
彼女に想いを打ち明けてしまって、その後もしも、自
分に何かあったら。
今度こそ彼女は、立ち直れない程大きな心の傷を負っ
てしまうかもしれない。
そんなこと、できるはずもなかった。
自分が目的を果たした後で、もしも…もしも再会する
日が来たならば、その時は。
そんな日が来る事はないかもしれないと心のどこかで
感じていながら、何も言えないまま、帝国に帰還した。
だが、思いがけず早く、再会の日はやって来た。
この事態は確かに異常だ。だが自分にとっては奇跡と
も言えた。
二度と手に入らないと、半ば覚悟していた機会が手に
入ったのだから。
ここで未来に繋がる想いを告げることが、自分にとっ
ての力となるだけでなく、彼女にとっても希望になるか
もしれない。
終幕は近い。現実世界に戻る時も迫っている。
それは、彼女と再び別れる時も迫っているということ
だ。
決意したのは、とうとう決戦の場へと向けて旅立つ、
その寸前だった。
もうすぐ自分は、強大な敵との戦いの舞台に戻る。
自分が、これからの厳しい戦いをくぐり抜けられるよ
うに。
離れていても、彼女を支えられるように。
生きて再び会えることを信じて。
想いだけは、せめて側に。
「全てが終わった時に、
お互いがどういう立場にあったとしても。
…それから先の人生を、共に生きてくれないか?」 |