■雪梨
【タイトル】 |
Sweet Dream |
【作者】 |
雪梨 |
視界に映るは一面の赤。
ぱしゃり、ぱしゃりと水溜りを踏みしめ、
鼻をつく匂いに眉を顰める。
慣れているはずなのに。
そう思い辺りを見回したところで、不意に物音がした。
反射的に振り返ると、そこには短剣を持って迫る男。
まずい、と思う間に男は距離を詰め、懐に飛び込み…。
「…はっ!?」
叫びつつ、バネのように跳ね起きる。
素早く周囲の様子を窺う…までもなかった。
見知った部屋。今寝起きしている、支援課の自室だ。
布団を捲り腹をさすってみるが、もちろん傷などない。
その代わり背中にはじっとりと汗をかき、
首周りには髪がべたりと張り付いていた。
はぁと溜息を吐くと、暢気な小鳥の声が耳に届いた。
「…ひでぇ、悪夢だ」
痛む頭をさすり、たん、たんと階段を下りていくと、
芳しい紅茶の匂いが漂ってきた。
どうやら先客のようだ。
居間に着いた所で、風に乗ってふわりと広がる青髪が
目に飛び込んだ。
「おはようございます。今日は早いんですね」
「…はは、ティオすけの方こそ」
「紅茶まだありますから、どうぞ」
「おう、いただくぜ」
カップを出してポットの紅茶を注ぎ、向かい側に座る。
「ロイドとお嬢はまだ寝てるのか?
休日だからってお寝坊さんだな」
「まだ早朝と言っていい時間帯ですし…仕方ないかと」
「あぁ…それもそうだな」
紅茶を一口飲み、ふうと息を吐く。
「…時々な、思うんだよ。俺みたいなのが、
あんな真っ当な人間の傍にいていいのか、ってな」
「……」
「俺にはこんな暖かい場所は不釣合いだ。
暖かくて、暑くて、熱くて。火傷しそうなぐらいに」
ティオは一言も発さず、カップの紅茶を見つめている。
「いっそ、すっとどこかに消えちまったほうが
いいんじゃないか……なんて」
ジャキッ。
一瞬のうちに、眼前に導力杖の先端が据えられていた。
逃げるのは造作も無い。が、一応両手を上げる。
「……ないで…」
「ん…?」
「…あんまり馬鹿なこと、言わないで…ください」
「……」
伏せられた顔からは表情を窺えないが、
声色から強い怒りと悲しみが伝わってきた。
普段なら、笑えない冗談だと軽く流しそうなものだが。
一体今日はどうしたというのか。
考えると、そういえばどうしてこんな早朝から
起きているのだろうか、と思い当たった。
「…何だ、お前も怖い夢でも見たのか」
掲げられた導力杖が、細かく震え出した。
…全く、俺は本当に馬鹿だ。
紅茶を飲み干し、導力杖を掴んでそっと置いてやる。
「…悪かった。もうこんなこと言わねぇよ。
レディを悲しませるなんてかっこ悪いしな」
「……」
「それに、こんな素晴らしい仲間手に入れちまったら、
そう簡単には手放せないぜ……そうだろ?」
立ち上がり、自分の手の平に収まるぐらい小さな頭を、
くしゃりと撫でる。
ちょっと散歩でもしてくる、そう言って玄関を出た。
残されたティオは、すっかり冷たくなった紅茶に映る
顔を見て、自分が笑みを浮かべていることに気付いた。
「……本当に、馬鹿みたい…です」 |