■ ルシフェルの水門 ■ 最後にペンタウァに立ち寄ったのはいつのことだったろうか。 かれこれ10年にもなるか……私も、もう若いとは言えない年になった。 しかし、ペンタウァの美しさは10年やそこらで変わるものではないだろう。 色とりどりの衣装が流れる街、荷物を満載して行き交う荷馬車、何より魅力的なのは、広場の中央にある噴水から吹き出す冷たい水の味。 思い出すだけでも喉が鳴る。 何の変哲もない水なのに、なぜだか甘い味がするのだ。 私のような根無しの旅人は都に知る者とてないが、あの水だけは古い知己として変わらずに迎えてくれることだろう。 ところが。ペンタウァの広場に着いた私は呆然とした。 噴水が止まっている。 盛大に吹き出していた銀のしぶきはなく、代わりにボロを纏った老婆が水桶をぶら下げた天秤棒を担いでウロウロしていた。 「水……水はいらんかね……」 どうやら水売りのようである。水の豊かなペンタウァに水売りとは! 私は老婆に近づいた。 老婆は天秤を下ろし、水桶の中にテラコッタの椀を突っ込みながら、 「1杯、銀貨、1枚」と言った。 差し出された水は薄黄色く濁り、椀の底には石灰分と思しき結晶がざらざらしている。 つい眉をしかめると、老婆は藪睨みの目で私を見上げた。 「文句は言いなさんなよ。これでもどうにか井戸の底からこすり取ったんだ」 「井戸? 確か、都の水は川から引いていたはず」 「うるさいね。だったらあんた、怪物どもを退治しておくれよ!」 老婆は枯れ木のような腕を振り回した。 「凶悪なヤツらが上流に水門を作って、水をせき止めてるんだ。 仕方ないじゃないか!」 老婆は悪態をついていたが、その隙間には疲れが滲んでいた。 私は施しの気持ち半分で銀貨を渡し、黄色い水の入った椀を受け取った。 試しにひとくち含んでみると、馬の小便もかくやという味がした。 これではペンタウァに立ち寄った甲斐がない。 私は背中に担いだ大刀の重さを確かめ、ルシフェルの水門へ足を向けた。 川をせき止めた不届き者たちに天誅を下してやる。 私は、どうしても、あのおいしい水を飲みたいのだ。 |
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