■ 盗賊たちの塔 ■ 「本気か? あの城へ行くなんて自殺志願者だとしか思えない!」 酒場の親父は、カウンターの上にエールのジョッキを置きながら声をあげた。 周りで飲んだくれていた者たちも、酔いがフッ飛んだような顔でこちらを見ている。 独り、冷静なのは彼女だけだった。 20代も前半、あどけなさと艶っぽさが同居する唇、腰までまっすぐ伸ばした赤い髪、止まり木の上で高く組み上げたしなやかな脚。 そんな姿とは全く不釣り合いな鈍色の鎖帷子に身を包んでいる。 彼女はゴツいジョッキを軽々と傾け、キツいエールを飲み干した。 汚い場末の酒場に、半端者たちの溜息が響く。 「何を考えてるのか知らないが、止しておくことだ」 親父がお代わりのジョッキを出しながら言った。 「あの城には、悪魔が住みついてるんだ」 「聞いたわ」 彼女は短く答えて、2杯目に唇を近づけた。 「妙な謎々を出す坊さんがいて、答えられないと殺されちまうって」 「子供だましね」 「ドラゴンだ! 昔、黒いドラゴンが城の地下に封印された!」 「その類の噂はどこにでもあるわ」 彼女は、まくし立てられる言葉に耳も貸さず、再びジョッキを逆さにした。 「わかった、噂を信じないのは、わかったよ」 親父は、無言でお代わりを要求する彼女の前に、3つ目のジョッキを置いた。 「けど、いろんな噂が立つには、それなりの危険があるからだ。 あの城はな、今売り出し中の極悪盗賊団『青い風』のアジトなんだ!」 両手を広げて力説する親父に、彼女は小さな笑いで応えた。 「ええ、それだけは本当に聞こえるわね」 3杯目も瞬く間に干して、彼女は止まり木から降りた。 「でも、盗賊と戦うつもりじゃないわ。 あたしが欲しいのは、ガラティーン」 「ガラ、ティー、ン……?」 親父はオウムのように音だけを反復した。 「あとは秘密」 彼女は止まり木から滑り降りた。 「心配してくれてありがとう」 赤い髪が翻った。 ほのかな甘い香りを残して、彼女は去って行く。 扉が軋む音と同時に、そこは元通りの汚い半端者たちが集まる店に戻った。 「苦労が絶えないなあ、親父さん」 カウンターの側にいた男が、親父の肩に、ぽんと手を置いた。 「全くだ。あれの母親は、しとやかだったんだがな……」 親父は、空になったジョッキを片づけながら、溜息をついた。 |
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