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■オーバル魔ペットJoya

【タイトル】 矛と盾
【作者】 オーバル魔ペットJoya

 「これは何だ!」
レーヴェが、ふいに声を荒げてカンパネルラを振り返っ
た。レンがゴルディアス級との意志の疎通に至るまでの
実験の記録を見た時だ。
「何って…あ、そか。レーヴェは知らなかったんだ。失
敗失敗」
「貴様」
詰め寄られ怯む道化。
「わわ…説明するから聞いてよ、ね?」
「話せ」
「アレとの疎通は並の人じゃ論外だし、優れた人材でも
次々に精神崩壊」
レーヴェは目を見開いた。
「だけどレンは違った。どの段階も乗り越え意志疎通に
成功。しかも驚きだね、人形の方から疎通したがった感
じだって」
「問題はこの部分だ」
レーヴェは記録書をカンパネルラの眼前につきつけた。
「フラッシュバックね〜。でもそれで済んだんだから壊
れちゃった人達とは大違…うわ!」
レーヴェはいきなり道化の腕を強く掴んだ。
「痛い痛い勘弁!実験したの僕じゃないよ!」
レーヴェは大きく息を吐き、手を放した。
「…お前も分かる筈だ。記憶を呼び起こされるのがレン
にとってどれほどの事か」
「…でもほら僕が止められる話じゃないってのは分かる
でしょ?」
「…ああ。お前に期待する方が無駄だったな」
「酷いなぁ」
レーヴェは拗ねる道化を無視しレンの部屋に向かった。

 白いドレスを着、無邪気に微笑む少女がそこにいた。
「…レン」
「あら!レーヴェお帰りなさい。今度はどんなお仕事だ
ったの?」
「レン、巨大人形兵器だが」
前触れ無く切り出すとレンはつまらなそうな顔をした。
「なぁんだ、もう知ってるのね。驚かせようと思ったの
に」
まさかレンの方から望んだのか?レーヴェはがしっ!と
レンの華奢な両肩を掴んだ。少女はびくっと体を震わせ
る。
「きゃ…」
「レン、俺に黙ってそういう事は止せ!」
レーヴェの目は怒りの炎を宿していた。それが自分に向
けた感情ではないと判ったし、強い悲しみを帯びている
事も感じたが、レンは怖くて涙目になって震えてしまっ
た。
「ぁ…ぅ、ご、ごめんなさい…」
消え入りそうな声だった。
「レンもうレーヴェに隠し事しないから…ゆるして…」
潤んだ目で見上げられ、レーヴェは我に返った。
「すまん」
それから手を放し俯いた。
「レーヴェ…?」
今度はレーヴェを気遣うように、おずおずと手を触れて
くるレン。レーヴェはレンの髪をそっと撫でた。
「怖がらせるつもりは無かった。ゴルディアス級と心を
通じ合わせたのか…頑張ったな」
優しく撫でられ、レンは笑顔になった。

 お前は世界を断罪する大鎌という「矛」を手に入れた
…そして今、人形兵器という「盾」も手に入れた。最早
誰もお前を侵略できない。

 だが、俺は…自分の心の矛盾に悩む。
大きな力は幸福に繋がるのか?
ヨシュア…お前なら…何を言う?

 …いつか…
レンに本当の幸せを与えられる存在が現れれば…。
俺では無理だ…俺はせめて、見つけてやりたい…。

■オーバル魔ペットJoya

【タイトル】 どうしよう
【作者】 オーバル魔ペットJoya

 どうしよう?

 レンはテーブルに上半身を突っ伏し自問した。

 先刻。不意に眼前に昆虫が現れた。捕獲者エステルの
手と同等の大きさ、尖った角。普通の少女なら悲鳴を?
とレンは考えた。

 レンは?
レンは違うわ。
虫が目の前にいて反応の仕方を吟味してる時点で。

 …そう、自分は「普通の」少女ではない。底知れぬ暗
闇で、人とは違う何かに作り替えられてしまった。

 だが暖かい人達に抱き留められ…深い愛で包まれた。

 この数日、新しい「家」に溶け込むため精一杯愛情に
応え「普通」に近づくよう過ごした。

 …で、この虫…
これはちょっとピンチね。こんなに間が空いてから怖
がってもわざとらしいし「可愛いー」なんて言うのも変
「今日のお夕食?」なんて冗談も何だか当てはまらない
わ レンらしく反応? でもレンらしくってどんなのか
しら 虫を殲滅しちゃう? そんなのダメよエステルが
悲しむわ うぅぅ もういいわレンは冷静なの そうよ
冷たいのよ

 「そんなの近づけないで」

 考え倦ねた挙げ句の言葉はそれだった。
冷たく目を逸らした。
その時エステルはどんな顔をしていたか。
悲しいような?
うぅん、何か怪訝な表情をしていた…。
そしてレンを置いてどこかへ行ってしまった。

 きっと間違った反応だったんだわ!
…どうしよう。嫌われた?
やっぱりこんな変な…冷たい子、家族にしなきゃ良か
ったって思ったに違いない。
どうしよう。どうしよう。
エステルに嫌われちゃったらヨシュアだってレンを見
捨て…いえ…見限る…かも…?

 だめ…レンはダメ。
やっぱり家族になんて。
何だって出来る筈だったのに。
世界を操作できる筈なのに。
こんな事で…躓くなんて。
どうしたらいいか分からないなんて。

 きっと…きっと、もう今の内に、出て行ったほう、が

 …その時、ちょんちょんとレンの頭に何か細かい物が
触れる感触があった。
レンは顔を上げた…目の前で、先程の虫より大きな黒
い蟷螂が小首を傾げた。

 「きゃあぁっ!」

 思わず声が出た。
椅子を倒しつつ跳び退り、怒って騒ぐ。
「エ、エステル! な、なん…そんなの、いきなり、も
ぉ、ゆ、許さないから!」
「ごめんねレン〜」
エステルはレンを抱きしめて小さな頭を撫でた。
「レン、今みたいにさ。考えなくていいのよ、反応の仕
方なんて」
「! …え?」
レンはにこにこ笑うエステルの顔をまじまじと見た。エ
ステルは全部分かっていたのだ。
「人間皆違うんだから。こういう時はこう、なんてルー
ルは無い! レンはレンのままでいい、本当のレンでい
いの!」
レンは頬を赤らめ俯く。
「本当のレンなんて…分からないもの」
ぼそぼそ言った。
「じゃ一緒に探していこ」
「本当のレン…もっと酷い子よ…きっと。」
それでも探すの? 上目遣いで聞くレンを、エステルは
また撫でる。
「絶対いい子。賭けてもいい」

 レンは自分からエステルにぎゅっと抱きついた。
そして言った。

 …知らないから。どんな事になっても。
レン…レン、絶対、もう離れないから。
絶対、出て行ってあげないんだから!


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