≪前頁 ・ 第7回展示室へ戻る ・ 次頁≫

■リンメイ.com

【タイトル】 その魔獣残虐なり
【作者】 リンメイ.com

 幼い息子を連れた夫婦が、山道を駆ける。
 季節は初夏。
 さわやかな風が草の香りを運ぶ。
 太陽の光が優しく降り注ぐ。
 だが、彼らにはそんなものを楽しんでいる余裕はなか
った。
 ただ逃げることだけに必死だった。
 「パパ……ママ……疲れたよ……」
 子供がぐずり、その場にへたりこんだ。
 「もう、歩けないよ〜」
 「あなた。少し休憩しましょう……」
 母親が、下を向いて荒い息をする。
 「もう、半日も休んでいないのよ」
 「だめだ」
 しかし、父親は迷いなくそう言う。
 「こうしている間にも、やつらが迫ってきているかも
しれない。安全が確認できるまでは、休めない」
 彼はやつら、という所に力を込めてそういう。
 そう。平和な生活を破壊した二匹の魔獣。
 一匹は、二本の尻尾を持った魔獣。
 長く伸びる腕を振りまわし、次々と仲間を叩き潰した。
 もう一匹は、両腕にするどい爪を持った魔獣。
 奴に睨まれると、みんな石のように固まった。
 そして、あっというまに爪の餌食にされた。
 あんな恐ろしい魔獣がいるとは思わなかった。
 彼は、妻と息子を連れて逃げるだけで精一杯だった。
 「あの森に行けば、安全だ。だから……」
 彼の言葉が止まる。
 「どうしたの?」
 不審に思った妻が彼の視線の先を見た。
 「そんな……」
 夫婦は同じ感情を共有した。それは絶望。
 「まさか、もう追いつくとはな」
 どうやら、速さも想像を超えていたらしい。
 「いくぞ」
 「ええ」
 ふたりは、顔を見合わせて、そして頷く。
 「あなたは、行きなさい」
 母親が、子供に言う。優しく、そして厳しい口調で。
 「や、嫌だよ! おいらも……」
 「行きなさい!」
 母親は、子供を思い切り突き飛ばした。
 「行きなさい!」
 「もう、振り返るな、行け!」
 子供は、涙を抑え、そして駆け出した。
 振り返ることなく。決して、振り返ることなく……。

 「やったね、ヨシュア! オーヴィットさん、全部買
ってくれたわ」
エステルは、魔獣食材が高く売れてご機嫌だった。
だが、ヨシュアは浮かない顔だ。
「ねえ、エステル。魔獣は、僕らのことどう思ってい
るのかな?」
「え?」
「魔獣だって、家族や友達がいると思う。僕らは、食
材欲しさに魔獣を退治しているけど、彼らから見れば、
僕らの方が魔獣なんじゃないかな、って……」
「やだ! ヨシュアったら、変なこと考えて!」
エステルは、ヨシュアの肩を軽く叩いた。
「そんなこといちいち気にしてたら、遊撃士なんてや
ってなれないわよ」
明るく笑う彼女に、ヨシュアもつられて微笑んだ。
「そうだね。きみの言うとおりだ」

 逃げた子供は、復讐の鬼となった。
強くなりたい。
強くなって、両親の、仲間達の仇をとりたい。
その一心で体を鍛え、技を磨き……。
やがて子供は、「手配魔獣」と呼ばれる存在となる。


≪前頁 ・ 第7回展示室へ戻る ・ 次頁≫